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2017年1月

2017年1月16日 (月)

安中・新島襄ヒストリート

1月9日(祝・月)

福島県の天気予報が雨だったので、群馬県安中市の新島襄ゆかりのスポットへ行ってきました。

青春18きっぷ
新宿(8:50)→高崎(10:47)
高崎(11:20)→安中(11:31)

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駅に観光パンフレットの設置はなかった。駅員に尋ねれば、街歩きマップをもらえるようだ。

以前、駅からハイキングでアプトの道(横川)を歩いたときにもらった、安中市観光ガイドブックを持ってきた。イラストの地図ではなく、縮尺が正確な地図なのでわかりやすい。

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安中駅

安中市の中心部まで約2キロ。

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旧碓氷郡役所

群馬県に残る唯一の郡役所。

安中まち歩きマップ
襄(新島襄)城(安中城址)ヒストリートをもらった。
(ヒストリートとは歴史と通りの造語)

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新島襄・八重夫妻の展示

 『新島襄は現在の東京、江戸神田一ツ橋にある安中藩邸内にて生まれました。父は民治、母は登美です。この時正月の七五三縄(しめなわ)が飾られていたことと、5番目の子で(上の4人は姉で女ばかりであった)初めての男子であったので祖父弁治は「しめた!」と叫んだと言われています。このことより七五三太(しめた)との名がつけられました。アメリカでは保護者であるハーディー氏よりジョセフと名付けられました。むずかしい名前なので日本では襄としました。なお元服名は敬幹です。』

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新島襄ヒストリート

①安中教会
②旧安中藩郡奉行役宅
③旧安中藩武家長屋
④妙光院
⑤有田屋・便覧舎址
⑥龍昌寺
⑦新島襄旧宅

見学時間を含めたコース所要時間
往復(①~⑦→①)約2時間20分
片道(①→⑦)約1時間50分

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①安中教会

新島襄記念会堂(国登録有形文化財)
見学の場合は、3週間前までに予約が必要です。

新島襄召天30周年を記念して建てられた。大正8年(1919年)竣工。

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②旧安中藩郡奉行役宅

長屋門と曲り屋造りの珍しい武家屋敷。

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安中市カラーマンホール

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③旧安中藩武家長屋(屋根葺き替え中)

安中藩士の一般的な居宅である4軒長屋。

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④妙光院

新島襄の祖父弁治、弟雙六が眠る寺。

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⑤有田屋

新島襄夫妻が泊まった由緒ある醤油屋。

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ギャラリー有田屋

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新島襄・八重と有田屋

八重さんは安中に少なくとも4回訪れているそうだ。

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⑤便覧舎址

日本初の民間図書館「便覧舎」址。

新島襄より感化を受けた男16名、女14名の人々がキリスト教の洗礼を受け、安中教会設立の原動力となった。

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⑥龍昌寺

新島襄が帰国後初めて説教をした寺。参道に108の梵鐘が並んでいます。

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⑦新島襄旧宅

明治7年新島襄が帰国し、この家で家族と再会を果たしました。

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 『安中市指定史跡「新島襄旧宅」は、明治維新によって江戸から引き上げてきた新島襄の祖父弁治、父民治、母とみ、弟雙六らが明治2年(1869)から9年まで住んでいました。アメリカから帰国した襄は明治7年11月29日早朝、10年ぶりにこの家で両親と再会し、3週間ほど滞在しています。昭和37年(1962)に空き家になったのを機に保存運動が高まり、二軒長屋のうち新島家の住んでいた東半分を切り離して50mほど西の現在の地へ移築し、西半分は新築して展示室・管理人室とし、外観を元通りの二軒長屋として復元しました。
 新島襄は幕末から明治にかけて活躍した教育者・宗教家でした。襄は天保14年(1843)に安中藩の祐筆新島民治の長男として安中藩江戸上屋敷(現在の東京都千代田区神田錦町)で生まれ、幼少の頃から秀才の誉れ高く、13歳の時に安中藩主板倉勝明より蘭学修行を命じられています。学問的情熱から元治元年(1865)に国禁を犯し、函館出港から1年をかけてアメリカに渡り、10年間にわたって学問とキリスト教を修めました。帰国後は同志社英学校を設立して明治時代の教育に貢献し、また、キリスト教の伝道活動を行っていました。病を押して同志社大学設立のための募金活動に奔走し、ついに前橋で倒れ、明治23年に療養地の神奈川県大磯にて46歳で亡くなりました。』

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和室10畳 和室7.5畳

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上段の間

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展示室

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安中(15:21)→高崎(15:33)
高崎(15:55)→赤羽(17:32)

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2017年1月14日 (土)

国見町(2)

1月8日(日)

2016年に来たときは、国道4号から阿津賀志山防塁を見た。今回は旧国道付近はどうなっているのかと、線路側から見たいと思って来た。

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阿津賀志山防塁横断地点

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どの辺が阿津賀志山防塁なのかわからなかった。後で調べると、「国指定史跡 阿津賀志山の古戦場」説明板と「阿津賀志山防塁横断地点」立看板の間の道路を入ると見学者用駐車場があって、周辺の竹やぶの中に人工的に掘ったような溝があるらしい。

グーグルマップを見ると立看板の反対側に防塁の断面があった。そうだったのか、看板のある方ばかり見ていた。

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国道4号沿いの防塁

枯草を踏み分けて線路の方へ歩いて行った。

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国指定史跡 阿津賀志山防塁

『文治5年(1189)奥州平泉の藤原泰衡は、源頼朝の率いる鎌倉軍を迎え撃つべく、防御陣地阿津賀志山防塁をこの地に築いた。
 この地点の阿津賀志山防塁は、厚樫(国見)山中腹の始点部より東北自動車道、JR東北本線を挟んで350メートルに位置している。昭和10年ころ堀江繁太郎が描いた『二重堀図』の断面図(県立図書館所蔵)によれば、この付近における防塁は、三重の土塁と二条の空堀からなり、堀幅は約24メートルほどあって、形状は箱薬研堀状をなしていた。中央土塁の頂上が、旧石母田村と旧大木戸村との境界であり、南側の土塁と空堀遺構は失われている。
 この地点には、旧石母田村の、大清水、蛭澤廃寺跡、駒場、牛石、弁天澤下紐関跡などを経て、国見山の南麓を斜めに上り、防塁にいたる坂道が遺されており、旧東山道跡との伝えがある。この道は防塁の直前で枡形に折れ、切り通し状に防塁を横断して、国見峠の方向に向かっていた。この旧道については確証はないが、大化の改新後の地方行政組織である 国郡制度の施行に伴い、都と多賀国府を結ぶ東山道が整備され、国見峠に遺る幅の広い長坂路はこの道であろう。前記の旧東山道の名称を遺す道筋は、これ以前の信夫国、名取国など「国造制」下の通路とも考えられる。  平成18年3月  国見町教育委員会』

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天然記念物「義経の腰掛松」

 『江戸時代の紀行文や文学作品・絵図に登場し、街道を行き来する人々が愛でた、名木「義経の腰掛松」がこの地に所在しました。
 平安時代末、藤原秀衡をたより源義経が金売吉次とともに平泉へ下向する際、松に腰を掛けたとの伝説が由来として伝わります。松は、江戸時代の旅人や文人が義経一行に思いをはせる場所となり、「弁慶の硯石」・「伊達の大木戸」(阿津賀志山防塁)とともに義経ゆかりの旧跡地として名所になりました。寛政12年(1800)には、江戸の文人などにより文学碑が建立されています。
 初代の「義経の腰掛松」は、幅10.5m、高さ4m程度、笠松状の優美な樹形から、天下の名松と紹介されるほどでしたが、文政4年(1821)に修験者が蜂を退治する際、誤って焼失させてしまいます。
 焼失を惜しんだ当時の村人たちは、福島市上名倉から美しい樹形の松を譲り受け、文政6年(1823)に移植しました。松は2代目として、平成26年(2014)3月に枯死するまで、人々に親しまれてきました。現在は、2代目松の一部を接木により育成した3代目の松が、地域の歴史とともに義経伝説を伝えています。  国見町教育委員会』

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国見町役場

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りんご(500円)をお土産にした。

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道の駅 国見 ~あつかしの郷~

平成29年5月3日グランドオープン

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完成予想図

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建設中

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藤田駅到着 15時23分

ちょうどフルーティアふくしまが福島駅方面に出発した。帰りの電車まで30分以上あるから、福島駅で買ったパンを公園で食べた。りんごを洗ってまるかじり。軸と種はビニール袋に入れて持ち帰った。

藤田(16:06)→福島→黒磯→宇都宮→赤羽(21:06)

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2017年1月12日 (木)

国見町(1)

1月8日(日)

青春18きっぷ
上野(5:46)→宇都宮→黒磯→郡山→福島→

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→貝田(12:10)

無人駅で、快速仙台シティラビットは止まらない。

ひとつ手前の藤田駅まで歩く。その前に、県境に行こう。

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東京から293km

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貝田駅から300mほどに県境がある。路線バス乗り継ぎの旅の蛭子さん達もここを歩いて通った。

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県境標識 宮城県白石市

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縣界標 福島縣

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縣界標 宮城縣

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国道4号線だから交通量が多い。車に気を付けて反対側に渡る。石と松の木があった。

下紐の石

 『平安朝時代、和歌の題材になる名所を歌枕と称したが、みちのくにも数多くあって都の人々に親しまれていた。
 白河市越河の県境は古く坂上田村麻呂が関所を置いて以来、下紐の関として歌枕に挙げられ有名になった。
 この下紐の石は用明天皇の皇妃玉世姫がこの石の上でお産の紐を解かれたという伝説が、乳神様と共に伝わっている。
 藩政時代には路傍にあって「石大仏」と呼ばれていた。

立かへり 又やへだてんこよいさへ
        心もとけぬ 下紐の関
               左大将公名

現とも 夢とも見えぬ程ばかり
   かよはばゆるせ 下紐の関
         大中臣能宣朝臣』

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県境標識 福島県国見町

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奥州街道貝田宿

ここから160m行くと旧鉄道レンガ橋がある。

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町指定有形文化財 貝田姥神沢旧鉄道レンガ橋

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 「姥神沢(牛沢川)に架かるこのレンガ橋は、明治20年(1887)旧日本鉄道の黒磯~塩釜間が開通した当初に建設されたレンガ積アーチ構造の鉄道橋です。貝田集落と近接して鉄道が敷かれたことから、蒸気機関車からの火の粉が原因でたびたび火災が発生し、明治41年(1906)4月の大火で多くの住宅を焼失しました。この事件を受け、大正6年(1912)に線路が北側の現在地に移設されると鉄道橋としての役目を終え、当時のまま残されました。
 その後、町道として利用されてきた線路跡は、平成14年(2002)に橋の上部をかさ上げし、幅員を広げる整備が行われました。
 わが国の鉄道導入期の建造物であるこの橋は、貴重な近代化遺産として平成25年に町の文化財に指定されました。」

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100年以上も残ってるんだから、当時の技術力に感心する。

雑草が積み重なっていて、足場が不安定。落ちないように気を付けよう。

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旧国鉄東北線跡

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奥州街道貝田宿跡現況図

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貝田宿入口

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さっきの図によると、この狭い道が旧奥州街道らしい。

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まっすぐ行ったら果樹園に出た。

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国道4号を横断して、旧国道を行く。JA・旧大木戸小学校前、見覚えがある。前回は、ここから国道に出て阿津賀志山防塁に行ったっけ。

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厚樫山故戦将士碑(阿津賀志山古戦場碑)

国道沿い、切り通しの上にある。また、旧国道に戻って阿津賀志山防塁方面に行く。

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2017年1月 7日 (土)

夏井諏訪神社の翁スギ媼スギ

1月4日(水)

夏井諏訪神社の翁(じじ)スギと媼(ばば)スギを一度見たいと思ってました。磐越東線夏井駅から徒歩5分で行けますが、列車の本数が少なくて上り下り6本ずつしかありません。でも、隣の小野新町駅まで(約4キロ弱)歩いて行けば、郡山行きが14本あります。

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磐越東線 郡山(13:17)→夏井(14:13)

帰りは、いわき行き(16:04発)か郡山行き(16:24発)がある。時間に余裕があれば、小野新町駅まで歩こう。

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諏訪神社→天の岩戸→千本桜展望台へ行って戻ります。

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諏訪大釜

「諏訪大釜の由来碑 土用入の神社神事である湯花祭に因み、神社より諏訪の名を拝受し信者の総意を以って安置した、大釜であります。」

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夏井諏訪神社

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鳥居を入ってすぐに杉の大木があったが、この木ではない。これでもけっこう太い。他の神社のご神木クラスだ。

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こんなに太い杉は初めて見た。1本だけでもすごいのに、2本も。

スギの周りに木道があって、真ん中は通れない。

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諏訪神社の翁(じじ)スギ媼(ばば)スギ

指定   国指定天然記念物
指定日  昭和12年12月21日
所在地  小野町大字夏井字町屋
樹齢   1200年
樹高   翁スギ 48.5m  媼スギ 47.8m
幹周   翁スギ 9.2m  媼スギ 9.5m
根元周  翁スギ 10.6m  媼スギ 10.8m

 「神社の縁起によると、奈良時代に右大臣・藤原継縄(つぐただ)がこの地に立ち寄り、勿来(なこそ)の関より持参した白砂をまき二本のスギを植え、諏訪神社を勧請したと伝えられている。
 諏訪神社の参道をはさんで立っている夫婦スギのうち、社殿に向かって右側が翁スギ、左側が媼スギで、どちらも樹勢は旺盛である。
 二本のスギの根元の間隔はわずか1メートル程度で、二本の幹がまっすぐにそびえ立ち、幹の上部で互いの枝が交錯している光景は圧巻である。これほどの巨木が並び立つ例は非常にまれで、二本が相対して並んでそびえ立っている姿は壮観で威厳を感じる。」

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     媼スギ        翁スギ

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桜の季節は混雑するだろうから、観光客が少ない時期でよかった。(行きに観光客3人とすれ違った。)翁スギ媼スギのパワー独り占めという感じ。

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夏井諏訪神社本殿

 「当社の縁起によれば、光仁帝宝亀年間(奈良時代)に、当時蝦夷と呼ばれていた東北地方の伊治村の城主砦麻呂が反逆し、国司の広純公を殺害した。またその勢いで民を殺戮し暴逆の限りを尽していた。
 このため、宝亀11年5月(西暦780年)征東使として藤原朝臣継縄郷が任命され東奥に出伺した。そして此の地に陣をとり社壇を築き杉を植え勝敵の祈願をこめ奥地に進発し諸々の敵を破り国府につく。翌天応元年3月数度の合戦に伊沼の柵を破り賊首砦麻呂を誅して凱戦。帰京し其の後本社を造営したという。境内参道にある「おきな」「おうな」杉はその当時植えられたものと伝えられて居り国の天然記念物に指定されている。  小野町教育委員会 小野町観光協会」

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天の岩戸

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千本桜展望台

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夏井千本桜

昭和50年、夏井川の両岸5キロにわたりソメイヨシノの苗木を1000本植えた。例年4月中旬に開花し、4月中旬から下旬が見ごろになる。

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磐越自動車道

夏井千本桜遊歩道

磐越東線

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山を下り、翁スギ媼スギに見とれていると、べこの鳴き声がする。民家の庭で飼われているようだ。お昼に郡山で牛丼を食べたことを思い出した。やたら鳴いているので、なんとなく申し訳ないような気分になった。

夏井千本桜は咲いているときに行こう。1~2ミリの霰(あられ)が降ってきた。じっとしてると寒いから小野新町駅まで歩いて行こう。いわき行きが出ても、郡山行きには間に合うだろう。

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15時50分頃、小野新町駅に着いた。

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リカちゃんキャッスル(駅ホームから)

小野新町(16:00)→いわき(16:42)
いわき(16:54)→勝田(18:24)
勝田(18:33)→日暮里(20:40)グリーン車980円(Suica)

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2017年1月 5日 (木)

棚倉町

1月4日(水)

7日連続普通列車乗り放題の北海道&東日本パスで、正月休み6日間のうち3回は福島県に行きたいと思ってましたが、1日と4日の2回だけでした。年末に風邪をひいたのと、3日に朝寝坊したためです。

2日放送、テレビ東京「ローカル路線バス乗り継ぎの旅 第25弾 福島・会津若松~秋田・由利本荘」を録画して後日見ようと思ってたら、某スレに「1日目:飯盛山→会津若松駅→喜多方営業所→会津若松駅→高坂(会津若松市湊町 国道294号)→(徒歩)→郡山市湖南行政センター→大槻車庫→郡山駅 2日目:郡山駅→熱海病院→本宮→大玉村→(徒歩)→二本松駅→福島駅」とあって、すごく気になって3時間番組なのを忘れて見始めてしまいました。見終わったのが午前3時前でした。営業所の対応、路線バス廃止→コミュニティバスの増加、最終日が土曜日だったため失敗、過酷すぎるロケなど、モヤモヤしてました。

常磐線 日暮里(5:13)→水戸(6:58)
水郡線 水戸(7:28)→

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常陸大子駅で後ろ2両切り離し

天気予報が一時雨か雪で降水確率50%だった。茨城県はそうでもなかったのに、福島県に入ると雲が多くなってきた。以前よりも天気予報が当たってる気がする。近津駅で降りて、4~5キロ先の山本不動尊に行こうと思ってたけど、予定変更。久しぶりに棚倉城跡を見に行こう。

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→磐城棚倉(いわきたなくら)(9:46)

棚倉町(たなぐらまち)

駅名は「たなくら」、町は「たなぐら」

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時の鐘

いきなり鳴りだすからびっくりした。10時か。

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丹羽五郎左衛門長重

棚倉城は、寛永2年(1625年)に丹羽長重によって築城された。

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旧水戸街道の宿場町を感じさせる建物

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ふらんす菓子コミネヤ

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焼き菓子と焼きドーナツをお土産にした。

お正月ということで、300円分のお年玉(金券)をもらったんだけど、店にいたお客さんにプレゼントした。「観光客なので、よかったら使ってください」と言って。

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棚倉城跡に行くのは2012年3月以来

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阿部正備(まさかた)茶室

棚倉城主の阿部家にゆかりの建物

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棚倉城跡の大ケヤキ

寛永二年(1625)この地に鎮座していた近津明神-現在の馬場都々古別神社を遷宮して、その境内地に棚倉城を築城した。近津明神のご神木、樹齢約600年、根回り13m、こぶのある周囲は9.5m、樹高32.3m。

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棚倉町城下絵図

 『棚倉は、常陸国(現茨城県)の平潟港からの街道が通り、新政府軍にとっては、会津へ向う上で重要な位置にあった。又、新選組の斎藤一らも会津へ向うためこの街道を利用した。
 戊辰戦争での棚倉藩は、奥羽越列藩同盟軍として、藩の主力が各地で戦った。中でも藩士阿部内膳率いる「十六ささげ隊」の活躍は仙台藩の「鴉(からす)組」とともに「細谷からすと十六ささげ、なけりゃ官軍高枕」と謡われるほど新政府軍から恐れられた。
 慶応4年(1868)6月24日、各地へ出動し手薄になった棚倉城下に、参謀板垣退助が率いる新政府軍総勢880余名が大砲六門をもって進撃し、主力を欠く棚倉城は、一日で城下町の一部とともに焼失した。』

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本丸土塁の角

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四方の土塁がよく残っている。

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以前は、本丸跡に図書館があったよな。

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内濠と本丸土塁

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時間があるから、JRバス専用道跡(白棚鉄道跡)に行く。GSの横、ガードレールでふさがれている。

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特に変化はなさそうだ。

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図書館は駅前に移転していた。城跡の図書館に夜行くのは怖いという人もいただろうから、移転してよかったと思う。

磐城棚倉(11:25)→郡山(12:33)

にわか雨があったようで、地面が濡れてました。

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2017年1月 1日 (日)

鶴ヶ城・伊佐須美神社初詣

1月1日(祝・日)

あけましておめでとうございます。初めて元旦に会津へ行きました。北海道&東日本パス(10850円で7日連続乗り放題)を利用しています。30日と31日は、東京近郊を乗り鉄してました。

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新宿駅甲州街道改札、いつも始発に乗るときは閉まってます。

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新宿駅南口改札

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終夜運転に初めて乗る。

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中央・総武線各駅停車

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山手線

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東南口・1番線2番線は閉鎖されている。

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宇都宮まで1本だから、池袋と赤羽で乗り換えがなくて楽だ。

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湘南新宿ライン 新宿(3:52)→宇都宮(5:42)

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宇都宮(5:48)→黒磯(6:39)

乗ってた車両がそのまま黒磯行きになった。黒磯まで乗り換えなし。ずっと座りっぱなしだから疲れた。

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黒磯(7:05)→

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栃木県と福島県の県境(川)

→郡山(8:10)

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郡山(8:31)→

あかべぇ719系6両編成
今年もあかべぇの車両にはお世話になります。

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磐梯山はまったく見えない。

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→会津若松(9:40)

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あかべぇバス
若松駅前(9:45)→鶴ヶ城入口(10:09)210円

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元旦から鶴ヶ城に行ってみたかった。

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鶴ヶ城に登る前に稲荷神社に初詣。

鶴ヶ城天守閣・茶室麟閣共通券(510円)

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やっぱり磐梯山は見えない。

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雪がほとんど積もっていない。

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縁起物のめしべらをもらいました。

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茶室麟閣

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先にお参りしておいてよかった。行列がだいぶ伸びてる。

永井野行き路線バス
栄町中三丁目(11:06)→横町(11:40)650円

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伊佐須美神社ってこんなに行列できるんだ。

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鳥居

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楼門

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お参りするまで90分。(13:25)

おみくじは大吉でした。

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文殊院にもお参りしてきた。

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あいづじげんきんつば(あんこ・クリーム)各100円

受験生は10個買うと金色の五角形の鉛筆をもらえるそうだ。

路線バス
横町(14:18)→

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毎年1月第2土曜日(今年は14日)に奇祭「高田大俵引き」が行われます。今年は仕事で行けなくて残念です。

→若松駅前バスターミナル(15:00)690円

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会津若松(15:06)→郡山(16:20)
郡山(16:27)→黒磯(17:29)
黒磯(17:35)→宇都宮(18:27)
宇都宮(18:41)→赤羽(20:00)
赤羽(20:05)→新宿(20:20)

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