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2017年3月

2017年3月27日 (月)

719系あかべぇ

3月26日(日)

4時過ぎで雨降ってる。前日の天気予報では6時は曇りだったのに。雨だからやめておけばと言われたけど、傘をさして行く。719系あかべぇに乗りたいんで。今回のダイヤ改正で719系が大幅に減ってしまった。昔あいづライナーだった筋の3往復だけ。H-17東北色+H-12あかべぇ+フルーティアの6両。土曜日の情報によると東北色が送り込まれて、明後日以降にH-12あかべぇが離脱しそうだ。

上野(5:46)→宇都宮(7:29)
宇都宮(7:40)→黒磯(8:31)
黒磯(8:54)→郡山(9:58)

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廊下にあった建築資材がないから、郡山駅エスカレーターの天井補強工事は終ったようだ。鉄骨むき出しだけど、あかべぇが残ってよかった。

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719系のモーター音が好き。うるさいという人もいるようだが。座席下暖房でぬくぬく快適。たまに熱すぎるときもあるけど。座席がふかふかなのもよい。

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福島あかつき「桃」100%ストレートジュースを自販機で買った。

団体列車485系「華」が通過した。

郡山(10:44)→

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天気予報がよくない割に、磐梯山よく見えた。

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→会津若松(11:50)

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ライブカメラが3月31日に終了する。あと数日で終わってしまうんだ。

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会津若松駅の屋根が赤瓦風のトタンに改装された。

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いつのまにか駅前フジグラの交差点に信号機が設置されていた。

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日帰り温泉 富士の湯(400円)

寒いから温泉で温まろう。タオルをもってきた。会津若松は雪の予報が出てるから14時台の電車で戻るつもり。

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スイッチバックのように線路を移動する719系(回送)

風呂上がりに、「べこの乳 のむヨーグルト」を飲む。マッサージ機(15分200円)にかかっていると、電車の音がした。レースカーテンの向こうに719系が移動するのが見えた。そろそろ時間だ。

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485系「華」 719系

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ワンマン運転用のミラー

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会津若松(14:14)→

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→郡山(15:19)

検査で仙台に行ったとしても、また戻っておいで。

郡山(16:27)→黒磯(17:29)
黒磯(17:36)→宇都宮(18:28)
宇都宮(18:41)→赤羽(20:00)

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2017年3月22日 (水)

道の駅安達

3月19日(日)

青春18きっぷ 郡山(9:01着)
郡山(9:25)→松川(9:56)

道の駅「安達」智恵子の里に行く。上り線、下り線、どっちも道の駅があるなんて珍しいから一度行ってみたいと思ってた。安達駅よりも松川駅から歩く方が近い。松川駅から2キロちょっと。

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国道4号線福島南バイパス、跨道橋から

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道の駅安達 上り線

高速道路のサービスエリアみたいに広い。

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道路の反対側に道の駅安達下り線がある。高速のサービスエリアにいるような錯覚がする。

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アイス工房ツースリー

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和紙ソフトクリーム 350円

クワ科の楮(こうぞ)の葉を細かく粉末にしたものが入っている。お茶のような味で、なめらかな食感。繊維のような感じはまったくしない。

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二本松市和紙伝承館

紙漉きの体験・見学ができる体験コーナー実演コーナーがある。工芸品や雑貨の販売もしている。

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のぼり食堂

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酪王カフェオレソフトクリーム 400円

ビターなワッフルコーンと濃厚な酪王カフェオレソフト、いい組み合わせです。

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酪王カフェオレアイスクリームは売り切れでした。(地域物産コーナー)

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野菜直売所 駅菜都(えきさいと)

納豆バーガーというものがあった。納豆は年に数回、ホテルの朝食でしか食べない。においが少ないという口コミを見たので、帰りに買ってみようかと思ってたけど、それどころじゃなくなった。

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お彼岸の造花

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もめん亭

駅菜都の店内にあって、フードコートみたいになってる。テナントが4つ入れるようになってるが、他は空き店舗になってた。

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びっくりソースカツ丼 1100円

ネタとしてはおいしいが、後で激しく後悔することになった。

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でっかいカツが4枚立ってる。フタに移動させて、2枚目でつらくなってきた。3枚目でのどが飲み込むのを抵抗するようになって、冷や汗がでてきた。完食をあきらめて、ご飯を残さないのを目標にした。お米は福島県産ですから。一口のご飯を何十回も噛んで飲み込む。カツは食べきれずにごめんなさいした。もったいないことをしてしまったと後悔した。

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下り線へ行く。国道の下を通れるようになっている。もちろん車も下り線に行ける。国道4号福島南バイパスは10キロ以上信号機がないから、横断するのはとても危険だ。

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道の駅安達下り線

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高村智恵子・高村光太郎パネル

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二本松ベーカリー

幻のクリームパンが人気らしいが、売り切れていた。満腹になりすぎたので、また今度にしよう。

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カフェにざくざくみたらしプリンがあるようだ。二本松の郷土料理「ざくざく」がプリンになった。キウィ・こんにゃく・白玉・にんじん・羊かんなどがのってる。

東北本線 松川(14:34)→郡山(15:07)

黒磯行きが混みそうだったんで、水郡線に乗って帰る。

水郡線 郡山(15:55)→水戸(19:05)
常磐線 水戸(19:40)→日暮里(21:40)

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2017年3月15日 (水)

相馬

3月12日(日)

新幹線 福島(7:40)→仙台(8:00)自由席1840円
常磐線 仙台(8:13)→相馬(9:18)

アパホテルの全額返金キャンペーンに当選したとかで、全額戻って来たから、新幹線に乗って時間短縮した。

相馬市伝承鎮魂祈念館に行こう。最寄りのバス停は原釜で、平日7本、土曜5本、日祝2本のみ。ちょうどいい時間のバスがないから歩いて行く。片道5.5キロ。

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相馬市原釜字大津270(笠岩公園内)

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相馬市東日本大震災慰霊碑

 『碑文
 平成23年3月11日午後2時46分、マグニチュード9.0の地震が発生した。
 震源は宮城県牡鹿半島から東に約130キロメートル、震源域は岩手県沖から茨城県沖までの南北約480キロメートル、東西約150キロメートルにも及ぶ広大なもので、最大震度は7、相馬市では震度6弱の超巨大地震であった。
 約1時間後、高さ9メートルを超す真っ黒な大津波が容赦なく集落を破壊し、家々を呑み込みながら、海岸から約4キロメートル先まで流れ込んだ。
 この地は、古くは万葉集にも詠まれた風光明媚な松川浦、江戸時代には東廻り航路で名が知れた原釜湊、また近年は外国船も入港する重要港湾相馬港、沿岸漁業基地である松川浦漁港、海水浴・潮干狩り・魚介類の直売・いちご狩りなどに多くの観光客が訪れ、本市の産業を牽引してきた地区である。しかし大津波により、一瞬にして原釜・尾浜地区などの人々207名をはじめとする市民458名の尊い命が失われた。
 ここに、この地で犠牲となられた方々の御冥福を哀心より祈念するとともに、「東日本大震災」を後世に語り伝えるため、御芳名を刻み、この碑を建立する。
 平成26年3月11日
              相馬市長 立谷秀清』

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 『平成23年3月11日東日本大震災。そして大津波発生。市民の憩いの場であった、ここ笠岩公園の名所「藤棚」もその直撃を受け流されました。
 同年5月、付近を散歩中に、吹きつけるいなさ風に耐えながらも、しっかりと根を張り地面を這うように花を咲かせている一輪の藤の花を目にして感涙した市民がいました。
 この藤を守りたいと願う多くの市民の熱意と協力により、平成25年9月「奇跡の藤を守る会」が発足しました。
同年、大震災を忘れないように、しっかりと根を張る藤の花を主題として作詞作曲された「奇跡の私・藤の花」の歌が生まれました。
 相馬市伝承鎮魂祈念館と被災された方々の慰霊碑の傍らで、東日本大震災をいつまでも忘れることなく復興のシンボルとして「奇跡の藤」が未来に向かって大きく花開き、その高貴な香りを相馬の空高く放ち続けることを祈念します。
平成29年3月11日
              ふるさと相馬を愛する会 寄贈』

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岬から海を見る(東屋がある辺り)

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相馬港

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けっこう風が冷たい。海の中はなおさら。冷たかったでしょう、つらかったでしょう。まだ見つかってない方々は、この冷たい海でずっと待ち続けています。ご家族のもとに早く戻れるように祈りました。

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相馬市伝承鎮魂祈念館

震災直後の状況、震災前の原風景、新聞記事、持ち主不明の写真公開、巨大津波を映像で見ることができるコーナーなどがある。

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原釜尾浜海水浴場(遊泳禁止)

工事中で入れなかったが、新しいトイレ(まだ使用不可)やベンチなどが設置されていて、もうすぐ完成しそうな感じがした。

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2013年12月1日撮影

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松川浦大橋

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川口稲荷神社

 『平成23年3月11日、東日本大震災による大津波が、海の守り神である川口稲荷神社にも押し寄せ、鳥居と石碑が流出しました。
 石碑はガレキに埋もれた状態で近くから見つかりましたが、大震災を後世まで伝えるため、発見された姿のまま残しておくことにいたしました。
 平成27年10月吉日
                相馬双葉漁業協同組合』

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2014年7月5日撮影

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お食事処 旭亭

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ほっきご飯定食 1200円

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松川浦漁港

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カモメ

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カネヨ水産でお土産を買う。

常磐線 相馬(14:06)→岩沼(14:48)
東北本線 岩沼(14:51)→槻木(14:57)

白石行きの電車に乗ってうとうとしていたら、福島行きにお乗り換えですと聞こえたので降りた。阿武隈急行の福島行きということか。週末パスだから阿武隈急行にも乗れる。遠回りだけどまあいいか。

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阿武隈急行 槻木(15:00)→福島(16:18)

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らーめん粋家 エスパル福島店

福島店限定 福島味噌らーめん 800円

東北本線 福島(16:51)→郡山(17:39)
新幹線 郡山(18:05)→大宮(19:02)自由席2590円
埼京線各停で帰る

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2017年3月12日 (日)

あれから6年

3月11日(土)

週末パス8730円
特急ひたち 東京(6:53)→いわき(9:18)2500円
常磐線 いわき(9:22)→竜田(9:54)
代行バス 竜田(10:05)→

代行バス2台運行、ほぼ満員。代行バスが富岡と浪江にも停車するようになっていた。

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富岡駅列車代行バス停留所 10:25発

(東京電力ホールディングス㈱旧エネルギー館前)

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4月1日から竜田駅~富岡駅間の代行バスが11往復22便運行する。

常磐線竜田~富岡間の復旧工事が予定よりも早く進んで、今年10月頃に運転再開できそう。

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原発

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浪江町仮設商店街「まち・なみ・まるしぇ」が浪江町役場敷地内にできた。常磐線が再開したら行こうかな。

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浪江駅列車代行バス停留所(浪江町役場前)10:45発

4月1日から常磐線浪江駅~小高駅間が運転再開する。

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小高 11:00発

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原ノ町(11:20着)

原ノ町(11:50)→相馬(12:07)

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相馬駅前

こだわり手打ちそば処 ふくしまや

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ざるそばセットB(手打ちそば・かき揚げ丼)1080円

相馬(13:16)→新地(13:25)

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跨線橋から

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川、護岸工事

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新地町役場4階

震災前の町のジオラマ、震災と復興の展示

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住宅

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新地駅方面

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復興フラッグ

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常磐線通過

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2時46分を海が見えるところで黙祷しようと思ったが、堤防が見えるのみ。新地駅の跨線橋だったら海が見えるな。

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斜線が津波の来たところ

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午後2時46分、サイレンが鳴る、黙祷。

新地(15:08)→岩沼(15:41)
岩沼(16:00)→白石(16:27)
白石(16:49)→福島(17:21)

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福島駅東口広場 キャンドルナイト

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メッセージを記載したキャンドルホルダーに点灯

アパホテル福島駅前にチェックイン。全額返金キャンペーンに当選したということで、現金6900円戻って来た。(カード払い)

今月1日にオープンしたばかり。福島駅西口より徒歩1分、大浴場付き、テレビは50インチの大画面。

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6時10分からNHK「はまなかあいづToday」を見た。土曜は放送してないけど、今日は特番だった。

福島県では東日本大震災で1614名が亡くなり、196名が行方不明になっている。

相馬市伝承鎮魂祈念館から生中継。吾妻謙アナの原発取材など。

鹿島の奇跡の一本松が枯れてしまい、今年中に伐採されるとのこと。

明け方の地震で目が覚めた。震源は福島県沖、M5.3。浪江町と田村市で震度4、福島市は震度2だった。

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2017年3月 6日 (月)

3/5会津若松

3月5日(日)

青春18きっぷ
新宿(4:44)→池袋(4:52)
池袋(5:02)→赤羽(5:10)
赤羽(5:20)→宇都宮(6:51)
宇都宮(6:59)→黒磯(7:50)
黒磯(7:54)→郡山(9:01)

郡山駅エスカレーターの天井耐震工事中。あかべぇは残しておいてほしい。

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ダイヤ改正でE721系が磐越西線を走るようになった。昔、あいづライナーだった時間帯の3往復6本だけが719系。なるべく719系に乗りたいから、この次の10時44分発に乗る。

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フルーティア+H11+H12

フルーティアはE721系と連結できないらしい。

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進行方向の二人席が落ち着く。

行きはH-11に、帰りはH-12に乗った。H-13は会津若松の車庫にいる。H-10、H-14、H-15が今後どうなるか気になる。

郡山(10:44)→

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磐梯町駅で豪華寝台列車「TRAIN SUITE 四季島」とすれ違った。隣のお客さんが変な色のフルーティアがいるよ、今度乗ってみたいと言ってた。値段聞いたら驚くだろうね、1泊2日で一人32万円から。

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→会津若松(11:50)

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会津若松駅舎工事中

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ラーメン二郎に初めて入った。食券を買ってしばらく並んだ。セルフの水をくんで、横のレンゲを取って席につく。しばらくすると、ニンニク入れますか?と聞かれて、いらないですと答えた。他のお客さんは、ヤサイマシマシアブラカラメとか言ってた。なんか呪文みたい。

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小ラーメン 豚入り 850円

スープまで飲む余裕はなかった。寿命が縮まりそう・・・。

どんぶりとコップをカウンターの上において、テーブルを拭いて退席。

黒烏龍茶よ、脂肪分解してくれ。カロリー消費しなくちゃ。御薬園まで歩いて行こう。市役所の通りをまっすぐ行けば御薬園に行ける。

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御薬園 320円

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御茶屋御殿の江戸期創建部分工事中

○東日本大震災により被災した部分の災害復旧工事
 ・崩落、亀裂が生じた土壁の全面塗り直し 等
○保存修理工事
 ・経年的な劣化箇所の木材の部分交換
 ・既存部材を痛めないよう保護したうえでの構造的な補強(揺れを軽減し倒壊を防ぐ)
 ・沈下した礎石の据え直し 等

工事は平成29年12月11日までの予定

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天寧寺

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近藤勇の墓に行こうと思ったら、坂が雪解けで川のようになってて引き返した。以前行ったから靴中浸水してまで行くことはない。

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奴郎ヶ前茶屋由来記

 「ここ奴郎ヶ前は昔、天寧寺の寺奴が草屋根の小屋をかけて、田楽豆腐や餅などを売って従来の客を引いたのに始まると言われ、またここには旧藩時代の侍の処刑場がおかれ、処刑前の今生の名残りにここの田楽を食べさせてから処刑したとも伝えられている。奴郎ヶ前という地名も、もともとはそうした刑場の周囲に張りめぐらした竹矢来の前の地、つまり矢来ガ前からきたもので、それが後に野郎ガ前に転じ、そして現在の奴郎ヶ前になったと言う。」

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飯盛山方面に歩いていると、「辰巳午一代守 愛宕神社」の看板があった。横の案内板に徒歩10分階段約200段、松平容保公胸像とあった。辰年生まれだし、容保公胸像は写真でしか見たことがない、行ってみよう。一段一段高いし、ぬかるんでる。転んだら悲惨なことになるから、行きも帰りも慎重に歩いた。

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松平容保公胸像

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飯盛山

もう階段は上りたくないから、今日はここまで。会津若松駅まで歩いて戻る。

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1番線から新津行きが発車。1番線からなんて珍しい。この後に719系が来た。

会津若松(17:10)→郡山(18:15)
郡山(18:23)→黒磯(19:25)
黒磯(19:31)→宇都宮(20:22)
宇都宮(20:36)→赤羽(21:57)
赤羽(22:01)→新宿(22:15)

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3月3日(金)

毎年恒例、渋谷東急東横店「福島物産展」に行きました。

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3240円以上購入で、1回くじ引きできる。喜多方ラーメン、去年まで1食だったのが2食入りになってました。さっそく、翌日の朝食で食べました。

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2017年3月 2日 (木)

新宿 松平容保邸跡

もともと会津に興味がなかった。自粛ムードで観光客が来なくて困っているそうなので、余震の心配はあったが、2011年のゴールデンウィークに1泊2日で行った。猪苗代湖と喜多方ラーメンは知ってたけど、会津若松は知らなくて、案内所で地図をもらって鶴ヶ城に行った。正直、よくあるコンクリートのお城だなという感想ぐらいしかなかった。歴史にも興味がなく、白虎隊や戊辰戦争もほとんど知らなかった。

Photo 2011年4月30日撮影

お土産のあかべぇサブレーの箱が捨てられず、あかべぇグッズを買いに青春18きっぷで会津若松に再び行った。それから会津、福島県各地に行くようになった。

2012年8月、松平容保公が現在の新宿区荒木町の生まれだと知った。荒木町のほぼ全域が、美濃高須藩(高須松平家)上屋敷だった。お屋敷は荒木町19番地辺り。会津松平家に養子入りした。まさか容保公が家から2キロも離れてない場所で生まれていただなんて。

さらに、明治26年正受院(新宿2丁目15番20号)に埋葬され、大正6年会津藩主松平家墓所・院内御廟に改葬されたことを知った。ちなみに私は、正受院と同じ新宿2丁目15番にあった医院で生まれ、小学校に上がるまで近くに住んでいた。

2014年10月、現在の新宿区富久町(牛込区市ヶ谷富久町118番地)に住んでいたことがわかった。私は容保邸跡から徒歩数分の所に住んでいる。なんという偶然なんだろう。

新宿歴史博物館 平成26年度特別展 「高須四兄弟 新宿・荒木町に生まれた幕末維新」のイベントで、高須四兄弟に関する史跡をめぐった。その中で、この辺が「会津ヶ原」と呼ばれていたと知った。

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富久クロス(55階建て)

容保邸があった118番地を含んだ一帯が、再開発で55階建てのマンションが建った。当時の折込広告にはキョンキョンが出てた。

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118番地だった所に、イトーヨーカドー食品館新宿富久店ができた。ちなみに私の家から一番近いスーパーマーケットです。

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富久町遺蹟(西富久地区第一種市街地再開発事業に伴う埋蔵文化財発掘調査報告書)から図をお借りしました。容保邸があった市ヶ谷富久町118番地の正確な位置がわからない。後に載せる古地図を見比べるとある程度わかる。靖国通りから医大通りまでだからけっこう広い。

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地図の赤で塗ったところが、仮埋葬された正受院です。鐘楼の奥のあたり一帯、約20坪が松平家の墓域だった。容保公の墓があったことを記した案内板はない。

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外苑西通り側に二つのお社がある。富受稲荷大明神、五色弁財天・清滝不動尊・秋葉大権現。神社の地図記号を赤く塗った。富久クロスができる前はそこにあった。現在のような立派なお社ではなくて、狭い路地に真っ赤なお社が二つ並んでいた。バブル期の地上げで周りは駐車場と空き家ばかりだった。118番地内にあったと思われるが、いつ頃からあったかはわからない。

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調査地点、左下の角から

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敷地の一部は道路拡張で靖国通りになった。

「紙碑・東京の中の会津 牧野登/著」によると、明治6年1月23日に愛宕下邸で生まれ、同月25日に没した女児は三田の実相寺に葬られ、明治7年3月5日に没した男児二人(おそらく双生児)は正受院に葬られた。この間に愛宕下から市ヶ谷富久町へ移転されたであろう。

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赤く塗ったところが容保邸だと思われる。

 「明治十三年に日光東照宮就任の際の容保自筆履歴では〝市ヶ谷富久町百十八番地居住〟となっている」(紙碑・東京の中の会津)

明治13年、容保公は日光東照宮宮司になり、同時に西郷頼母も宮司を補佐する禰宜職に就任している。

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容保邸前の丁字路 富久さくら公園

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丁字路から撮った。お屋敷があったのはクリニック付近でしょうか。

明治16年から20年まで容保公と家族は、会津若松の御薬園に住んでいた。

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「八重の桜 第43回鹿鳴館の華」を見ていたら、明治16年、京都に届いた封筒に「東京府牛込区若松町三番地 山川浩」と書いてあった。現在の住所だと新宿区若松町6番、牛込若松町郵便局付近だと思う。gooで明治時代の地図を見ることができる。容保邸の敷地と比べると狭いが、現代の住宅事情を考えるとなかなか広い。容保邸から山川邸まで1.5キロ程度、徒歩20分弱。

東京地籍図新宿区編第3巻 東京市牛込区地籍台帳によると、昭和6年12月現在の若松町3-1の面積は123.31坪となっている。

照姫は、明治17年2月、「滞在中であった東京牛込の旧会津藩家老山川浩の家で生涯をおえた。」(幕末会津の女たち、男たち-山本八重よ銃をとれ/中村彰彦著)正受院に埋葬され、会津藩主松平家墓所・院内御廟に改葬された。公式では、小石川の保科邸で亡くなったとされている。

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小説家・田山花袋が一時期近くに住んでいた。明治19年7月14日「一家をあげて牛込区市ヶ谷富久町一二〇番地(会津候邸内)に移る」。明治22年、牛込納戸町に転居した。

「私達は取敢ず牛込の奥のある大名の下邸(しもやしき)の一部に住った」
「段々開けて行くと言ってもまだ山手はさびしい野山で、林があり、森があり、ある邸宅の中に人知れず埋れた池があったりして、牛込の奥には、狐や狸などが夜毎に出て来た。」(東京の三十年 再び東京へ)

「松平家が〝牛込市ヶ谷富久町百十八番地〟よりこの〝小石川区小日向第六天町八番地〟に転入したのは、明治二十年一月二十八日のことである。」(紙碑・東京の中の会津)

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「内藤新宿の昔を語る古老たちの手記の中に、おそらく松平家が富久町を去った明治二十年以降、富久町一一八番地のあたり一帯が〝会津ノ原〟と呼ばれていたということが記されている。」(紙碑・東京の中の会津)

古老たちの手記とは、「内藤新宿の思い出 第1-6集/四四会」という文集のこと。明治44年3月に、華園尋常小学校(花園神社裏)を卒業した方々が当時の思い出を回想して、昭和41年から46年にかけて発行したもの。新宿歴史博物館内の図書室で閲覧できる。会津の原、会津の原っぱで遊んだという記述があった。

「会津の原はいまの厚生年金会館の裏のほうにあった。牛込富久町のあたりで、もと会津屋敷があった跡らしい。」(新宿うら町おもてまち 野村敏雄/著)

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   正受院↑          会津の原っぱ↑

明治四十三、四年頃の内藤新宿町北裏通り番衆町附近図
(内藤新宿の思い出 第2集)

北裏通りとは現在の靖国通りのこと。
「この通りの南側には、牧場の四谷軒、大島陸軍大将邸、牧場の大平舎、正受院、成覚寺、牛やの原っぱ、牧場の耕牧舎、市電の車庫があり、北側には、安保海軍中将邸、会津の原っぱ、多納病院、浜野邸、前田邸の山林、三光院神社などがあった。」(内藤新宿の思い出 第2集)

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「会津の原っぱ」部分拡大

医大通り側に建物と林がある。容保公が住んでいた建物でしょうか?
市ヶ谷監獄農耕地は東京医科大学になり、東京監獄(市ヶ谷監獄)は都立総合芸術高校となっている。

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東京地籍図新宿区編第3巻東京市牛込区地籍台帳
昭和6年12月現在

市ヶ谷富久町
118-1 4198.18坪
118-2   57.00坪
118-3  136.82坪
137     120.73坪
138     399.18坪
139     257.36坪

明治12年と明治20年の地図には137~139番地がない。容保公が転居した後に分割して売却されたのかも。

この辺を川が流れていた。紅葉川の水源のひとつで、今の富久町交差点付近で本流に合流し、靖国通りから外堀に注ぎ、神田川へとつながっていた。

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緑・・・松平容保邸跡
赤・・・正受院(容保公・家族・照姫 仮埋葬)
紫・・・容保公生誕の地(高須松平家)
黄・・・西光庵 高須松平家墓所、生母(古森千代)墓もある
橙・・・山川浩邸跡
水色・・・玉川上水(暗渠) 保科正之公が老中らの反対を押し切って開削させた。

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