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2019年5月

2019年5月27日 (月)

白河小峰城

5月26日(日)

新幹線なすの 上野(8:34)→新白河(9:48)運賃3350円・自由席2590円
東北本線 新白河(9:59)→白河(10:02)

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小峰城歴史館 観覧券300円

築城から近現代までの小峰城の歴史についてパネルなどで紹介している。松平定信時代の小峰城を再現したジオラマ、VR望遠鏡で小峰城の四季をCGで見られる。東日本大震災で石垣が10か所にわたり崩落。修復の様子を画像で見られる。小峰城VRシアター、江戸時代の小峰城をCGで復元、3面スクリーンで立体的に映像化。正面の清水門(高さ11m、間口13mの櫓門)を通り、右に曲がる。石段を登ると前御門があり、正面に本丸御殿が見える。右に多門櫓、左に番所がある。正面玄関から入れるのは藩主だけ。本丸御殿の内部などもVRで見られて、これで300円はおトクだ。ナレーションは聞き覚えのある声だなと思ったら、春風亭昇太師匠だった。小峰城に入る前にぜひ見てもらいたい。

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白河集古苑だった建物を増築して小峰城歴史館にした。

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小峰城大手門跡の礎石

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城の正面、表口にあたる門で、平成5年の発掘調査により位置が特定された。発掘調査で発見されたものをそのままの配置で移設した。柱を据える中央部分に「ほぞ穴」が設けられ、周囲には柱材の痕跡が遺されている。

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展示をじっくり見てたら12時を過ぎた。二ノ丸茶屋でランチにしよう。ここも増築されて、左側がお土産売り場、右側がレストランになっている。

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小峰城カレーライス 700円 668kcal
ご飯は十六穀米、カレーに三重櫓型のスライスチーズがのってる。

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小峰城本丸周辺復元想定図

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東日本大震災直後 7000個の石垣が崩落したそうだ。

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石垣修復工事が今年の3月で完了した。

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清水門 発掘調査中

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ニの丸や城の周りに石がたくさん並べられているのを見た。
修復は気の遠くなるような作業だ。

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まず、左側に行ってみよう。

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桜之門跡 清水門から左側を入った場所にあり、本丸御殿の南側入口にあたる門。門を入った先は御殿の庭部分に通じており、藩主の居住区に近く、藩主などの出入りに利用された門と思われる。

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桜之門跡を上から見たところ
いったん下に降りる。

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月見櫓跡から奥は立入禁止になっている。

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竹之丸跡
本丸の東に位置し、外周に石垣を巡らせた曲輪。石垣修復に伴う発掘調査で、現在の石垣面から約7m北側に、会津支城時代の石垣が発見された。

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前御門と三重櫓

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歴史館で見たVRでもここをリアルに登る感じを体感した。

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VRでは、この先に本丸御殿の玄関が見え、両脇に武士が10人くらいいた。

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本丸御殿跡
藩主の居所と政庁を兼ねていたと考えられる。畳数は707畳とする記録がある。

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桜之門跡を過ぎ、富士見櫓跡へ向かう。

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本丸御殿がある付近より高くなっている。

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富士見櫓跡

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雪見櫓跡

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明治20年皆既日食観測地跡

明治20年8月19日午後、本州の一部を横断する形で皆既日食があった。明治となり始めて本州で観測できる貴重な皆既日食であったことから、明治政府は国家的事業と位置づけ、白河や新潟県三条などで観測を実施した。

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ここから三重櫓へは立入禁止なので戻る。

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久しぶりに三重櫓へ入ろう。

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帯曲輪跡 震災前はバラ園があったらしい。

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石落し 石垣を登ってくる敵を監視し、攻撃する施設。

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狭間 弓矢用の長方形の箱狭間が設けられている。

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戊辰戦争「白河口の戦い」の激戦地「稲荷山」の杉を三重櫓の復元のために伐採・製材したところ、戦闘時の弾丸が数多く発見された。

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三重櫓の最上階からの眺め(白河駅方面)

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「奉造小峰城三重櫓一宇 平成二年四月吉日」と書かれた棟札

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白河城御櫓絵図

文化5年(1808)に、松平定信が家臣らに命じて場内の門・櫓などを実測させ絵図を作成した。柱や梁の材質や寸法、屋根構造などが描かれていて、三重櫓復元の基礎資料となった。

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見たことのない石碑があった。

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明治20年8月19日 白河皆既日食の碑

 「明治20年(1887)8月19日の午後、明治に入って初めて国内での皆既日食が起こり、アメリカのアマースト大学の日食観測の大家D.P.トッド博士の観測隊一行がはるばる来日し、白河を観測地に選びました。一行は小峰城雪見櫓跡付近に大型の水平カメラなどの観測機器を設置し、観測場所の小峰城本丸跡を「白河司天台」と呼びました。司天台とは天文台の昔のよび名です。当日はあいにくの雲にさえぎられ、城中でコロナは観測できませんでしたが、周辺の町や水神原(城の西南約2.5kmの川岸)では、皆既食が観測されたとの記録が残っています。(略)また、この皆既日食の観測隊や見物客を運ぶため、鉄道を突貫工事で開通させて白河駅を開業したとも伝えられています。」

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★チロちゃんの頭をなでるといいことがありますよ★
また福島県に来られますようにと願いながら頭をなでた。

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旧脇本陣柳屋旅館建造物群 蔵座敷

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文化元年(1804)建築、明治14年(1881)明治天皇が東北・北海道を巡幸した際に休憩所・宿泊所として利用した。

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玉座の間 明治天皇が宿泊された部屋

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南無阿弥陀仏碑

白河で激戦となった5月1日の戦いで捕らえられた数十人の東軍(奥羽越列藩同盟軍)の兵士は、翌日谷津田(やんた)川に架かる二つの橋のそばで斬首され、遺骸は川に流されたと伝えられる。白河には慰霊碑があちこちにあって、東軍西軍問わずこの地で亡くなった先人を供養している。

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谷津田川 すっかりきれいに整備されて、戊辰の悲しい出来事があったなんて思えない。

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白河藩大名家墓所 
丹羽長重墓(1571-1637)

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丹羽長重は、織田信長の家臣丹羽長秀の子で、越前・若狭など百二十三万石の大名であったが、前田利長と争い、所領を没収された。慶長八年、徳川家康より常陸古渡に一万石を与えられ、元和八年に棚倉藩五万石、そして寛永四年白河藩の成立とともに十万石で入封した。
 長重は、小峰城の改修、町割りの整備など現在の白河の町並みの基礎を築いたが、寛永十四年江戸桜田上屋敷で没した。享年六十七歳。遺体は現在地に埋葬された。

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霊廟 天保七年建立

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小南湖

白河(17:02)→新白河→黒磯→宇都宮→赤羽→新宿(20:20)3350円

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