福島

2019年7月 8日 (月)

新地町

7月6日(土)
週末パス8730円
新幹線 東京(6:04)→仙台(7:59)指定席4950円
常磐線 仙台(8:13)→新地(9:09)

2017年12月以来、約1年半ぶりに行った。
駅前にホテルなどの施設ができたり、海岸にも行けるようになったと聞いた。

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新地駅周辺の地図

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ホテルグラード新地
奥に温浴施設(つるしの湯)がある

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観海ホール(工事中)

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新地町複合商業施設 観海プラザ
飲食店、接骨院、学習塾などのテナントが入っている。

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観海堂跡

明治5年、学校制度の法律が領布される直前に開校した
福島県内でもっとも古い学校があった。
2011年3月の津波で流されてしまった。
2013年4月に初めて来たとき、礎石だけが残っていた。

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観海堂のジオラマ(町役場4階)

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新地駅前フットサル場 スマイルドーム

フットサルやテニスが、雨天時にもできる屋内スポーツ施設。
コートは2面あり、フットサルは公式試合も開催できる。

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スマートアグリ生産プラント+6次産業化施設予定地

新地エネルギーセンター
天然ガスを使い、発熱と発電を行い、太陽光で
発電した電気も加えて、地域へ熱と電気を供給する。

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今年度中に常磐線が全通する。
特急が停まれるようにホーム延長するようだ。
架線(内側)の電柱はそのうち撤去されるだろう。

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しばらく工事中で立入禁止だったが、
釣師浜(つるしはま)の方に行けるようになった。

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跨線橋から新地駅方面

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福島県内初のラウンドアバウト(環状交差点)ができた。

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信号がなく、車両は左折で進入し、左折で出ていく円形の交差点。
緊急時の渋滞緩和にもなる。

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堤防からラウンドアバウト交差点を見たところ

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堤防・防災緑地の工事も進んで、残るはタイル舗装のみか?

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釣師浜海水浴場

7月20日に9年ぶりに再オープンする。
福島県の最北端に位置する海水浴場で、遠浅で波がおだやか。

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釣師浜漁港荷捌き施設

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安波神社、金比羅神社

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町役場方面に行く途中、ニラ畑があった。ニラは、新地町の特産品。

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めん屋 小鉄 (国道沿い)

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辛子味噌チャーシューメン 1000円

辛子味噌が一番人気のラーメンだそうだ。
白髪ねぎの下に、炒めたひき肉・もやし・にら等が入ってる。
にんにく醤油バターチャーシューメンもおいしそうだった。
にんにく好きなんだけど、腸が活発になりすぎる体質なので、
今回は控えておいた。

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味菜ひろば よりみち 農産物直売所

JAふくしま未来新地総合支店内にある。
にら入りのかりん糖、いちじく入りようかん、
いちじくパウンドケーキを買った。
いちじくも新地町の特産品です。

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新地町役場4階展望ロビー(休日は当直の方に言えば入れます)

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2013年12月、ここに来たときは砂漠のようだった。
今は、たくさんの住宅や施設が建っている。

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復興フラッグ

復旧のために駆け付けた自衛隊員が、ガレキの中から
日の丸を見つけ、応援メッセージを書いたのが始まり。
浜近くの交差点に掲げられていたが、公園整備のため
町役場駐車場内に移設されている。

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つるしの湯 (土日祝 900円)

今年6月にオープンしたばかり。
大浴場に効能などが書いてあった。
アルカリ性単純温泉(pH7.6)、源泉は26度台だったかな?
露店風呂と炭酸泉は熱め、内湯はぬるめだった。

新地(15:31)→原ノ町(15:58)
原ノ町(16:04)→浪江(16:23)719系

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浪江駅
特急運転再開にむけて、ホームかさ上げ工事中。
代行バス 浪江(16:28)→富岡(16:58)
富岡(17:04)→いわき→勝田→上野(21:43)

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2019年6月12日 (水)

奥州街道 芦野~白河

6月9日(日)

今から330年前、1689(元禄2)年4月20日(新暦6月7日)
松尾芭蕉と弟子の曽良は下野と陸奥の国境を越えた。

2014年12月、境の明神に行ったことがある。
次は芭蕉が来た季節に、栃木県の最後の宿場町から歩いて
行きたいと思った。ちょうど梅雨入りシーズン、天気が気になる。
金曜日の時点で日曜の予報は曇り。週末パスを買いに行った。

「ちゃんと歩ける 日光街道 奥州街道」(山と渓谷社)を参考にした。
日光街道 江戸日本橋から宇都宮まで、6回に分けて歩いた。
奥州街道 宇都宮から芦野まで歩くかどうかは未定。
芦野→白坂(12.1km)白坂→白河(9.7km)を歩く。

新幹線 上野(6:26)→那須塩原(7:32)自由席2590円
宇都宮線 那須塩原(7:44)→黒磯(7:49)
東北本線 黒磯(7:54)→黒田原(8:03)
関東自動車(バス)黒田原駅前(8:10)→上野町(8:22)420円

芦野宿に一番近いバス停は一つ手前の芦野仲町バス停だが、
ガイドブックの起点に近いのが上野町バス停だった。
三光寺近くの関東ふれあいの道道標からスタート、8時25分出発。
芦野仲町バス停付近に公衆トイレがある。

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奥州道中 芦野宿
屋号が書かれた常夜燈が道の両側に設置されている。

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遊行柳

「室町時代の文明3年(西暦1482年)に、遊行上人がこの地に
立ち寄った際、柳の精が現れ、上人から十念を授けられ、成仏
したという伝説から遊行柳と呼ばれるようになったという。
江戸時代元禄の頃、俳聖松尾芭蕉が訪れ「おくのほそ道」に
記述されてから一躍有名になった。この柳の傍らに西行、芭蕉、
蕪村の歌碑・句碑が建てられており、今なお訪れる人は多い。」

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芭蕉の句碑

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田一枚植えて立ち去る柳かな

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遊行庵(休憩所)近くの田んぼ
機械ではなく、手植えしたとわかる不揃いな感じがいい。

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板屋の一里塚(東)

坂の傾斜を緩和する工事で掘り下げられた。
道の東西2ヶ所に残っている。
見上げないとわからない。何メートル掘ったんだろう。

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泉田の一里塚

西塚が残っている。下野国最北端の一里塚。

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県境まで1キロを切った。
馬頭観音 1859(安政6)年建立

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馬頭観音近くに旧道痕跡がある。ガイドブックではここを
通ることになっているが、草がボウボウで引き返す。
引っつき虫(種)だらけになりそう。

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明神の地蔵様

高台に座っておられる。下界を見下ろしているようだ。
グーグルマップで石段を数えると25段くらいあった。
もともとは同じくらいの高さだったのかな。

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県境が見えてきた。昔は、下野国と陸奥国の国境。
国境を挟んで境の明神二社が並立している。

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境の明神 栃木県側

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玉津島神社とよばれ、奥羽側の住吉神社と並立している。
明治39年の火災で類焼し、昔日の面影を失ってしまった。

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栃木県と福島県の県境
以前来たときはなかったが、福島の県境に温度計が設置された。
温度計は16.0℃を示している。街道歩きにちょうどいい気温だ。

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從是北白川領 境界石
11時32分、県境(国境)を越える。

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境の明神 福島県側

境内に奥州道中白坂宿のリーフレットがあった。
白坂宿の沿革、明治6年頃の地図には屋号も載っている。
それぞれの家の前に屋号が書かれた立て札があった。
前回来たときはなかった。

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玉津島明神と住吉明神

『玉津島明神(女神)と住吉明神(男神)は、国境の神・和歌の神
として知られ、女神は内(国を守る)、男神は外(外敵を防ぐ)
という信仰に基づき祀られている。このため、陸奥・下野ともに
自らの側を「玉津島を祀る」とし、反対側の明神を「住吉明神を
祀る」としている。』

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芭蕉句碑 風流の初めやおくの田植うた
(みちのくの田植歌こそ、白河を越えて最初に味わう風流だ。)

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白河の関へ続く分岐。芭蕉はここから白河の関跡へ向かった。

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白坂宿 脇本陣跡 岩井屋 戸上家
脇本陣(本陣の予備的施設 大名や勅使などの利用がない
ときは、一般客の宿泊にも供した。)

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本陣跡 河内屋 白坂家
本陣(大名や旗本幕府の役人、勅使、宮、門跡などの宿泊所と
された家 原則として一般の者を泊めることは許されない。)

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観音寺

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観音寺前に白坂宿の碑ができていた。リーフレットの内容と同じ。

一里段(地名)近くのセブンイレブンでトイレ休憩。
皮籠の一里塚はこの辺にあったらしいが、位置は不明。
焼つくねおにぎり、酪王カフェオレアイスもなかを昼食にした。
サントリー烏龍茶(サンドウィッチマンのイラスト、東北限定)も買う。
福島の桃(桃の木に登る伊達さんと収穫した桃を持つ富澤さん)
富澤さん「おだてなくても木に登るの?」
伊達さん「豚じゃねぇよ!」

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長州大垣藩戦死六名墓

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戊辰の役古戦場跡
「戦死墓」は会津藩士の墓

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会津藩家老西郷頼母の歌碑

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戊辰の碑 戊辰戦争白河口の戦い戦死者
両軍の戦死者全員の名前が刻まれている。

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稲荷山から奥州街道を望む

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白河宿 旧脇本陣柳屋旅館跡(蔵座敷)は前回行った。
勧工場建物跡(白河における初めての百貨店の建物)

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道標(複製)

 『本町にある奥州街道と棚倉・石川方面の街道が交わる
交差点、通称「四(ツ)辻」に建てられていた石造の道標です。
 白河城下を東西に走る奥州街道はここから北に方向を変え、
城下を出た女石の追分で会津街道と分岐し、桑折宿(福島県
桑折町)では羽州街道と分岐して仙台方面に向かいました。
 この道標は江戸時代後期の嘉永二年に建てられたもので、
北側・西側・南側の三面に文字が彫られています。奥州街道を
下る場合に目にするのは、西側に彫られている文字、上ってきて
四辻に達したときに目にするのは、北側に彫られている文字です。』

(西側)左 せんだい あいづ
      でハ(出羽)ゑちご(越後)
(北側)右 日光 江戸
      たなくら いハき 水戸 道
(南側) 嘉永二年己酉四月

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陸羽街道架道橋に大きな橋げたが架かっている。
国道294号の幅を広げるようだ。

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レンガ積み橋台(北)

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レンガ積み橋台(南)

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南側の橋台
断面がきれいになっているから、保存か移設するのかな。

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阿武隈川

国道294号 白河バイパス(仮称)新田町大橋工事中

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仙台藩士戊辰戦没之碑

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    ←旧会津街道      旧奥州街道→

幕府管轄の奥州道中は、白河宿の女石追分まで。
15時35分頃、女石追分到着。

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会津街道の方へ少し進むと道標(復元)がある。

右 仙たい松前道
左 会津ゑちご道

 『奥州街道は、当地・女石で仙台・松前方面の奥州道中と
会津・越後方面の会津街道(白河街道)に分岐した(ここより
手前100mが分岐箇所)。当地には、その分岐点として道標が
建てられていたが、時代の推移とともに失われてしまった。
 今般、この地の地理的、歴史的重要性に鑑み、当時の文献
「五街道中細見記」(安政五年・1858)等に基づき道標を
復元し、当時の史実を後世に伝えることとした。』

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旧会津街道を少し歩いてみよう。
さび付いた遊具。ジャングルジムは一部欠けている。

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国道4号につながった。いったん戻って旧奥州街道の続きを歩こう。

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遊女志げ女の碑

「しげは越後国三条の生れで、白河の旅籠坂田屋に抱えられて
いた。閏四月上旬に奥州鎮撫総督参謀の世良修蔵(長州藩出身)
が小峰城に入った際に世良と馴染みになったという。
 しかし世良は、白河は危険と察して白河を逃れた。その脱出を
助けたと疑われたしげは、世良を敵視していた会津藩士に殺害
されたという。享年二十二歳。法名を梅質貞顔信女と伝える。
 しげが殺されたと知った坂田屋の下男は会津藩士を追い、
この女石の地でしげの仇を討ったという。」

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阿武隈川 (仮称)新田町大橋工事現場

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↓女石追分            四ツ辻道標  白河駅→

以前から妙に道幅の広い道路だなと思っていた。
国道のバイパスになるんだ。

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国道294号 白河バイパス整備中(トンネル工事現場の看板)

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(仮称)五郎窪トンネル L=474m

白河(17:02)→新白河→黒磯→宇都宮→赤羽(20:00)

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2019年5月27日 (月)

白河小峰城

5月26日(日)

新幹線なすの 上野(8:34)→新白河(9:48)運賃3350円・自由席2590円
東北本線 新白河(9:59)→白河(10:02)

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小峰城歴史館 観覧券300円

築城から近現代までの小峰城の歴史についてパネルなどで紹介している。松平定信時代の小峰城を再現したジオラマ、VR望遠鏡で小峰城の四季をCGで見られる。東日本大震災で石垣が10か所にわたり崩落。修復の様子を画像で見られる。小峰城VRシアター、江戸時代の小峰城をCGで復元、3面スクリーンで立体的に映像化。正面の清水門(高さ11m、間口13mの櫓門)を通り、右に曲がる。石段を登ると前御門があり、正面に本丸御殿が見える。右に多門櫓、左に番所がある。正面玄関から入れるのは藩主だけ。本丸御殿の内部などもVRで見られて、これで300円はおトクだ。ナレーションは聞き覚えのある声だなと思ったら、春風亭昇太師匠だった。小峰城に入る前にぜひ見てもらいたい。

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白河集古苑だった建物を増築して小峰城歴史館にした。

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小峰城大手門跡の礎石

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城の正面、表口にあたる門で、平成5年の発掘調査により位置が特定された。発掘調査で発見されたものをそのままの配置で移設した。柱を据える中央部分に「ほぞ穴」が設けられ、周囲には柱材の痕跡が遺されている。

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展示をじっくり見てたら12時を過ぎた。二ノ丸茶屋でランチにしよう。ここも増築されて、左側がお土産売り場、右側がレストランになっている。

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小峰城カレーライス 700円 668kcal
ご飯は十六穀米、カレーに三重櫓型のスライスチーズがのってる。

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小峰城本丸周辺復元想定図

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東日本大震災直後 7000個の石垣が崩落したそうだ。

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石垣修復工事が今年の3月で完了した。

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清水門 発掘調査中

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ニの丸や城の周りに石がたくさん並べられているのを見た。
修復は気の遠くなるような作業だ。

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まず、左側に行ってみよう。

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桜之門跡 清水門から左側を入った場所にあり、本丸御殿の南側入口にあたる門。門を入った先は御殿の庭部分に通じており、藩主の居住区に近く、藩主などの出入りに利用された門と思われる。

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桜之門跡を上から見たところ
いったん下に降りる。

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月見櫓跡から奥は立入禁止になっている。

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竹之丸跡
本丸の東に位置し、外周に石垣を巡らせた曲輪。石垣修復に伴う発掘調査で、現在の石垣面から約7m北側に、会津支城時代の石垣が発見された。

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前御門と三重櫓

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歴史館で見たVRでもここをリアルに登る感じを体感した。

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VRでは、この先に本丸御殿の玄関が見え、両脇に武士が10人くらいいた。

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本丸御殿跡
藩主の居所と政庁を兼ねていたと考えられる。畳数は707畳とする記録がある。

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桜之門跡を過ぎ、富士見櫓跡へ向かう。

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本丸御殿がある付近より高くなっている。

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富士見櫓跡

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雪見櫓跡

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明治20年皆既日食観測地跡

明治20年8月19日午後、本州の一部を横断する形で皆既日食があった。明治となり始めて本州で観測できる貴重な皆既日食であったことから、明治政府は国家的事業と位置づけ、白河や新潟県三条などで観測を実施した。

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ここから三重櫓へは立入禁止なので戻る。

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久しぶりに三重櫓へ入ろう。

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帯曲輪跡 震災前はバラ園があったらしい。

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石落し 石垣を登ってくる敵を監視し、攻撃する施設。

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狭間 弓矢用の長方形の箱狭間が設けられている。

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戊辰戦争「白河口の戦い」の激戦地「稲荷山」の杉を三重櫓の復元のために伐採・製材したところ、戦闘時の弾丸が数多く発見された。

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三重櫓の最上階からの眺め(白河駅方面)

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「奉造小峰城三重櫓一宇 平成二年四月吉日」と書かれた棟札

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白河城御櫓絵図

文化5年(1808)に、松平定信が家臣らに命じて場内の門・櫓などを実測させ絵図を作成した。柱や梁の材質や寸法、屋根構造などが描かれていて、三重櫓復元の基礎資料となった。

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見たことのない石碑があった。

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明治20年8月19日 白河皆既日食の碑

 「明治20年(1887)8月19日の午後、明治に入って初めて国内での皆既日食が起こり、アメリカのアマースト大学の日食観測の大家D.P.トッド博士の観測隊一行がはるばる来日し、白河を観測地に選びました。一行は小峰城雪見櫓跡付近に大型の水平カメラなどの観測機器を設置し、観測場所の小峰城本丸跡を「白河司天台」と呼びました。司天台とは天文台の昔のよび名です。当日はあいにくの雲にさえぎられ、城中でコロナは観測できませんでしたが、周辺の町や水神原(城の西南約2.5kmの川岸)では、皆既食が観測されたとの記録が残っています。(略)また、この皆既日食の観測隊や見物客を運ぶため、鉄道を突貫工事で開通させて白河駅を開業したとも伝えられています。」

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★チロちゃんの頭をなでるといいことがありますよ★
また福島県に来られますようにと願いながら頭をなでた。

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旧脇本陣柳屋旅館建造物群 蔵座敷

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文化元年(1804)建築、明治14年(1881)明治天皇が東北・北海道を巡幸した際に休憩所・宿泊所として利用した。

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玉座の間 明治天皇が宿泊された部屋

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南無阿弥陀仏碑

白河で激戦となった5月1日の戦いで捕らえられた数十人の東軍(奥羽越列藩同盟軍)の兵士は、翌日谷津田(やんた)川に架かる二つの橋のそばで斬首され、遺骸は川に流されたと伝えられる。白河には慰霊碑があちこちにあって、東軍西軍問わずこの地で亡くなった先人を供養している。

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谷津田川 すっかりきれいに整備されて、戊辰の悲しい出来事があったなんて思えない。

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白河藩大名家墓所 
丹羽長重墓(1571-1637)

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丹羽長重は、織田信長の家臣丹羽長秀の子で、越前・若狭など百二十三万石の大名であったが、前田利長と争い、所領を没収された。慶長八年、徳川家康より常陸古渡に一万石を与えられ、元和八年に棚倉藩五万石、そして寛永四年白河藩の成立とともに十万石で入封した。
 長重は、小峰城の改修、町割りの整備など現在の白河の町並みの基礎を築いたが、寛永十四年江戸桜田上屋敷で没した。享年六十七歳。遺体は現在地に埋葬された。

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霊廟 天保七年建立

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小南湖

白河(17:02)→新白河→黒磯→宇都宮→赤羽→新宿(20:20)3350円

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2019年4月22日 (月)

伊藤若冲展

4月20日(土)
母の体調が心配なため、なるべく日帰りにしているが、
法事で田舎へ帰るそうなので、2日前にホテルを検索した。
さすがに会津は3万円とかのプランしかないし、
福島や郡山でも1万円以上ばっかり。
磐梯熱海、温泉と朝食付で8千円台を見つけた。
平成最後の福島旅行。1日目は県立美術館で伊藤若冲展を見て、
2日目は喜多方日中線跡しだれ桜・鶴ヶ城の桜を見に行った。

週末パス8730円
東京(8:08)→福島(9:46)自由席3680円
福島交通飯坂線 福島(10:12)→美術館図書館前(10:15)140円

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東日本大震災復興祈念 伊藤若冲展
事前に前売券(1300円)を日本橋ふくしま館で買った。

伊藤若冲(1716-1800)江戸中期、京都に生まれた画家。

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福島県立美術館
前回2013年の「若冲がきてくれました」展では会場の外まで
行列が伸びていた。混雑を覚悟していたが、すぐ入れた。
でも、会場はたくさんの人がいた。

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《鶏図》絹本著色 一幅 島根県立美術館蔵

写真は撮影可能なパネルです。

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《百犬図》絹本著色 一幅 個人蔵

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《蓮池図》重要文化財 紙本墨画 六幅 西福寺蔵(前期展示)
(前期展示なので本物は見ていない)

《果蔬涅槃図》大根を釈迦に見立てて、まわりを野菜や果物が囲んでいる
絵が特に印象に残った。江戸時代にこんな自由な発想をできる人がいたとは。

2階の常設展も見た。

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お昼は、ら・さんたランドのカレーパンにした。
極旨と大辛の2種類(各250円)

カロリー消費のため、福島駅まで歩いた。
東北本線 福島(14:18)→郡山(15:07)
郡山駅前のビッグアイ(高層ビル)へ。
プラネタリウムを見ようと思ったけど、磐越西線の時間に
間に合わないといけないからやめといた。

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郡山駅のフードコートで早めの夕食(石焼ビビンパ)にした。
磐越西線 郡山(16:37)→磐梯熱海(16:53)

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丸守発電所

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大峯不動滝

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磐梯熱海温泉 万葉の宿 八景園 別館

庭園の桜が満開、水芭蕉も咲いていた。
別館はビジネスホテルのような客室、
今どき珍しいブラウン管テレビだったけど、
本館の温泉を利用できたし、庭園が最高によかった。

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2019年4月 9日 (火)

富岡町桜まつり、夜ノ森駅

4月6日(土)

青春18きっぷ
新宿(4:43)→日暮里→水戸→いわき→富岡(10:00)

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富岡駅の線路を敷きなおしている。

夜の森地区の桜並木周辺で桜まつりが行われる。
富岡駅から無料シャトルバスに乗った。
去年、夜の森の桜を見に行ったときは片道4~5キロ歩いた。

富岡第二中学校グラウンドにステージや飲食などのブースが
いろいろあるが、まず、観桜バスの受付を済ます。
申込用紙に氏名・生年月日・住所・電話番号を書く。
バスの窓は開けてはいけない。
11時の部はバス5台出てた。一番後ろのバスに乗ったから
ゆっくり運転してくれた。

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1回目は左側の席にした。古木なのと除染の影響だろうか、
枝が少なく寂しい感じ。

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空き地が多いみたい。もっと住宅があったんだろうな。

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司会はふくしまボンガーズのパチッコリン

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玉ノ井部屋の塩ちゃんこ(お振る舞い)

焼きそばとジェラートを食べた。

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帰還困難区域のゲート付近

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ゲート手前から撮影

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さくらYOSAKOI

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夜ノ森駅に向かう。正面は立入りできないが、
遠回りすれば、駅の反対側から見ることができる。

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去年来たときは架線が張られていなかった。
真新しい銅線が日に当たってキラキラしている。

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駅舎、跨線橋、待合室、駅名標、ベンチが全て撤去されている。
車両分だけ黄色いブロックが敷かれている。

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ツツジの幹10センチを残して伐採したというが、
順調に育っているだろうか。
大きいのは新たに植栽したものだろう。

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駅舎がなくなったから向こう側がよく見える。

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大野駅方面

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夜ノ森駅の桜

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新しい駅は橋上化になって、東西自由通路ができるそうだ。
桜が数本伐採されているこのあたりだろう。

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観桜バス(2回目)右側の席にした。

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正面から見た桜が素晴らしい。

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桜並木はもっと先まで続いているが、ここで右折する。

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20以上の団体がヨサコイやダンスなどを披露した。

シャトルバスで富岡駅前に戻る。

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堤防の上に道路ができるみたい。
アップにしてみたらガードレールが見えた。

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富岡(16:03)→勝田→東京(20:54)

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2019年4月 1日 (月)

飯坂線7000系ラストラン、中野不動尊

3月31日(日)

日本三不動のうちの一つ、中野不動尊に行ってみよう。
行きは新幹線、帰りは青春18きっぷを使う。
新幹線 東京(8:08)→福島(9:46)自由席8430円

券売機で花水坂駅までのきっぷ(350円)を買った。
改札で「次の列車は桜水止まりで、花水坂まで行きません」と言われた。

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列車の写真を撮る人が多くて、近々引退するんだろうと思ったら、
ラストランという話が聞こえてきた。
偶然、ラストランの電車に乗ることができた。

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おせわになりました
桃源郷を駆け抜けた、パイオニア
飯坂電車7000系
営業運転終了

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福島交通飯坂線 福島(10:12)→

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元は東急電鉄の車両(昭和39年製造)で、平成3年から福島で活躍した。

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東急沿線住民ではないが、扇風機付き(冷房なし)の車両に乗った記憶がある。
東横線高島町駅(当時)と地下鉄蒔田駅周辺の宗教施設によく行かされたから。

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→桜水(10:24)

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引き込み線を移動

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現在の1000系と並ぶ。

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車庫の中に入った。

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桜水(10:43)→花水坂(10:51)

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駅前のスーパー「アルタ」に入った。
軍艦マーチが流れる店内、取り出し用の穴を開けたダンボールが山積みになってる。
エースコック煮干しヌードル(東北6県ゆるキャラのイラスト入り)、から揚げ等を買った。
近くの公園でから揚げを食べた。

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日本三不動 中野不動尊
花水坂駅から約4キロ歩いて、中野不動尊に着いた。

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恵明道人が一匹のカモシカに導かれ、山神のお告げによって
不動明王を祀り、九字の火を灯したのが始まりといわれている。

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祈祷殿

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祈祷殿の屋根を支える「力持ち」の彫刻

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大日堂

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大日如来がお祀りされていて、20年に一度御開帳される。

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不動滝

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大日堂下層は顕霊門と呼ばれ、「洞窟めぐり」の入口となっている。

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不動明王の眷属(弟子)である三十六童子が祀られている。
滝修行の修験者たちにより七つの洞窟が穿たれた。
今は洞窟がつながっていて、一周5分から10分で巡れる。

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寂光門(洞窟の出口のひとつ)

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茶屋かもしか庵
甘酒シャーベとバニラアイス(300円)
薬草の十貴茶

福島交通飯坂線 花水坂(15:06)→福島(15:28)
福島(15:58)→新白河→黒磯→宇都宮→赤羽(21:33)

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2019年3月11日 (月)

広野・Jヴィレッジ・久之浜

3月10日(日)

青春18きっぷ 四ツ谷→神田→上野
改札を出て、ひたち3号のきっぷを買った。
 
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ひたち3号(6170円) 上野(8:00)→
 
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車内販売でスゴイカタイアイスを買った。(350円)
車内販売の弁当・軽食・デザートなどが15日で終了らしい。
新幹線や特急が停車する駅のニューデイズに置いてもらいたい。
→いわき(10:23)
常磐線 いわき(10:27)→広野(10:51)
 
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ひろの防災緑地
以前と比べて大きく生長したか見に行ったが、3ヶ月しか経ってないからあまり変わらない。
 
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広野の海
 
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二ツ沼総合公園まで歩く。
二ツ沼直売所で広野産みかんマーマレード(500円)を買った。
Jヴィレッジでイベントやってて、二ツ沼総合公園駐車場から循環シャトルバスが出ている。長蛇の列で40分待ちだとか。歩いたほうが早そうだ。
 
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青い看板を曲がればJヴィレッジに行ける。
それにしてもずいぶん大きな崖だな。
史跡があるっぽい。行ってみよう。
 
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楢葉町指定文化財 岩沢磨崖仏
 
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「本仏は拝所に建てられている嘉永4年(1851)の灯篭には、「正(聖)観世音菩薩」と刻まれているが「十一面観世音菩薩」とも言われる。
このまわりには乳岩という岩があり、昔から安産子育ての観音さまとして信仰を集めた。
江戸時代の作といわれるがまた、弘法大師が崖に飛びつき、一夜にして彫り上げられたとの伝説も残されている。」
 
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Jヴィレッジへ続く道路
 
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Jヴィレッジ雨天練習場と練習場駐車場で
「SONG OF THE EARTH FUKUSHIMA 311」というイベントが行われた。
 
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12組のアーティストが音楽やマジックを披露。
 
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福島のモツ煮(500円)
 
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イワナ塩焼き(500円)
 
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Jヴィレッジ センターハウス
 
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天然芝のグラウンド
 
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サッカー教室などが行われている。
 
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キックターゲット(的を打ちぬく)
 
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キックスピード(蹴ったボールのスピードを測定する)
 
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ドリブルスピード(ドリブルの速さを競う)
 
循環シャトルバスで二ツ沼総合公園駐車場へ。
広野駅まで歩く。
 
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国道6号線に桜が植えられている。ふくしま浜街道・桜プロジェクト。
2015年に来たときと比べて確実に大きく育っている。
 
広野(15:12)→久ノ浜(15:21)
 
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久之浜町コミュニティ商業施設 浜風きらら
 
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現在の「浜風きらら」から秋葉神社を見る。
神社近くに新しい家が建つようだ。
 
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オーガニックコットンのランプシェード
 
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漁師汁(300円)
 
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 「平成23年3月11日、未曾有の東日本大震災が発生し、町は大きな被害を受け尊い人命まで奪い去りました。しかし、この神社は、回拝柱と鳥居が倒されただけですみました。奇跡の神社です。
 先人達は、街並みを焼き尽くす大火が続き、疾病で多くの人々がなくなる度に、そして、沿岸が高波で被害を受ける度により所を求め、神頼みをしてきました。そのため、この神社は鬼渡神社・秋葉神社、そして稲荷神社と多くの名前を持っています。
 私たちは、先代に支えられて生きています。どうぞ、これからも人のために価値ある人として他人を支え続け、強く生きて下さい。
  あなた様へ
                      拝礼
    平成28年3月月命日」
 
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久之浜防災緑地
 
 「防災緑地は、①津波から人や家を守る、②地域の交流の場、③緑豊かな環境や景観をつくるという3つの大きな役割をもっています。
 また、川や海の堤防と道路がいっしょになって津波から地域を守る「多重防御」という働きによって、防災力が総合的に向上したまちづくりを目指しています。」
 
 「久之浜防災緑地は、延長約1.3km、幅約50mで面積11.2haです。
 防災緑地の海側には潮風に強いクロマツ、住宅地側には久之浜地区に自生している代表的な樹種(クヌギ等の広葉樹)を植えた緑地帯となっております。」
 
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東日本大震災から8年、
これからも福島の復興を見続けます。
 
久ノ浜(16:28)→勝田→日暮里→新宿(21:06)

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2019年3月 3日 (日)

白河小峰城・藤沼湖・長沼城址

3月2日(土)

東日本大震災で須賀川市の農業用ダム藤沼湖が決壊した。下流域で死者・行方不明者8人の惨事を引き起こした。ダムと市道も復旧完了したが、ダムを囲むおよそ3.5キロの市道の一部区間が通行止めになっていた。試験湛水で安全性が確認されたため、3月1日から通行止めが解除された。

青春18きっぷ利用
新宿(4:44)→池袋→赤羽→宇都宮→黒磯→新白河→白河(8:25)
バスの時間に余裕があるので、白河で途中下車した。
 
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白河小峰城の石垣修復工事がまもなく完了する。4月21日の白河小峰城さくらまつりで、市長による修復完了宣言を行う方向で調整している。(福島民友)
 
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三重櫓へは右側の石段から登る。
 
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左側の石段は立入禁止になっている。以前はこちら側から三重櫓に登った。
 
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小峰城裏側の石垣も修復工事が完了して、足場はすべて取り払われていた。
 
白河(9:22)→須賀川(9:46)
福島交通路線バス
須賀川駅前(10:05)→長沼車庫(10:54)920円
長沼車庫バス停から藤沼湖まで1.9キロ。
 
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バス停から進行方向に進み右折。2本目の十字路を左折。
 
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あとは道なりに進むだけ。
 
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白衣の観音
近くに湧き水が出ていた。
 
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あともう少しで藤沼湖だ。坂道が急で息切れする。
 
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藤沼湖 副堤
 
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 ↑の道路(坂道)をのぼってきた。反時計回りに一周する。
 
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副堤から本堤方向
 
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本堤
 
2012年、『福島の「今、を撮ろう」バスツアー』で来たことがある。
復旧工事が始まる前の藤沼湖。
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2012年10月21日撮影
 
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あんな状態だったのに、よくここまで復旧したものだ。
 
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藤沼温泉 やまゆり荘
周辺の市道に「長沼産十割そば 手打そば」の幟がたっている。
 
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鴨そば 1100円
地元のそばを石臼で毎日自家製粉している。
 
食後、温泉に入った(1回入浴350円、1日休憩1000円)
アルカリ性単純温泉、48.5℃。
 
藤沼温泉売店で長沼産そば等を買った。
 
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奇跡のあじさい
 
『2011年3月11日の東日本大震災により、藤沼湖の本堤が決壊しました。
藤沼湖は、農業用水として重要な役割を果たしていました。周囲には、温泉・コテージ等のレクレーション施設も充実しており、年間10万人の観光客が訪れていましたが、この震災で施設はすべて壊滅状態となり利用ができなくなりました。私たちは長沼のみんなで元気を取り戻さなければいけないと思いました。
 
そこで、水のない湖底を歩いてみようと思い、2013年4月29日に「藤沼湖の湖底を歩く会」を開催しました。
なんとそこには、たくさんのあじさいがありました。私たちは、どうしてこんなところにあじさいがあるのだろう?と驚きました。
 
湖底のあじさいはとても元気に育っていました。何十年もの間、湖の中で生きていたとしたら奇跡ですね。
私たちはそのあじさいを「奇跡のあじさい」と名付け、長沼を元気にするためのシンボルとして奇跡のあじさい畑を作りました。』
 
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パークゴルフ場
 
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バーベキュー場付近から
 
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日本庭園の近くから
 
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桜並木が続く
 
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副堤の端から
 
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本堤
水位が高くなりすぎたときに、ここから外へ流れ出る。
 
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余剰の水を放流する
 
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コテージ
藤沼湖自然公園管理センターでトイレを借りた。バーベキュー場付近などにもトイレはあったが、凍結防止で使えなかった。
 
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そろそろ戻ろう。行きの上りはきつかったが、帰りは下り坂なので楽ちん。
 
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旧長沼町 マンホール
 
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町の鳥 カッコウ
町の木 サクラ
町の花 ユリ
 
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史跡 長沼城址
 
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市指定史跡 長沼城址(千世城・牛臥城)
 
 「文応元年(一説に南北朝時代ともいう)長沼氏が、この地に築城したのが起源というが、明らかではない。
 その後戦国時代、ことに永禄三年(1560)頃上り、長沼をめぐる南奥の戦国大名伊達・二階堂・芦名氏の激突が続いた。 遂に永禄九年(1566)芦名領となり、芦名盛氏の家臣新国貞通の守城となった。以後、長沼城は、芦名氏の会津防衛および仙道攻略の拠点となった。
 天正十七年(1589)芦名氏滅亡後、新国氏も伊達氏に屈服。翌十八年奥羽仕置のため、白河口より入った豊臣秀吉が、八月七日長沼城に宿営している。このとき蒲生氏郷の家臣、蒲生郷安や蒲生主計が長沼城主となった。
 慶長三年(1598)上杉領となり、信州長沼城より島津忠直が移城し、同五年の関ヶ原の戦いには、長沼城が上杉軍の前線基地となっている。慶長六年再び蒲生領となり、蒲生郷治・玉井数馬介が城主として配備されたが、元和元年(1615)の一国一城令により、戦国の風雲に耐えた長沼城は、栄光の幕を閉じた。」
 
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狭い道を登る
 
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三の丸跡
 
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本丸跡にある神社
 
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土塁
 
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本丸跡の東屋から城下を眺める
 
福島交通路線バス
長沼車庫(16:02)→須賀川駅前(16:45)920円
須賀川(17:09)→新白河→黒磯→宇都宮→赤羽→新宿(21:23)

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2019年2月20日 (水)

磐梯熱海

2月16日(土)

週末パス(8730円)
新宿(7:22)→宇都宮→黒磯→新白河→郡山→磐梯熱海(11:57)
 
磐梯熱海駅に観光案内所がある。そこで「あたみグルグルやっほー」というイラストマップをもらった。駅周辺とユラックス熱海という温泉施設ぐらいしか行ったことがなかったから、今回は温泉街を歩いてみよう。
 
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東京電力 丸守発電所
 
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道路の雪はほとんど積もっていないが、遊歩道は積もっている。蓬山遊歩道からケヤキの森散策路に入る。小動物の足あとしかないが大丈夫か。慎重に階段を登る。
 
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ケヤキの森展望スペース
 
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ケヤキの森(アガリコの巨木)
 
 『ケヤキの森(約5ヘクタール)内には樹齢300年(推定)以上のケヤキの巨木(直径80センチ以上)が77本群生しています。
 ケヤキの樹形は、通常ホウキを逆さにしたような形をしています。しかし、ここにあるケヤキの巨木は2メートル位の高さで幹が大きく分かれており、タコの足のような独特な形をしています。この樹形は昔、村人が炭の材料とするため高い位置で幹を伐り、そこから芽生えて成長した幹の利用を繰り返すうちに切り口がコブ状に盛り上がって出来たと考えられています。
 ブナではこのような独特な形(「アガリコ」と呼ぶ)をしたものが全国各地で見られます。しかし、ケヤキでは珍しく、特に群生した巨木が「アガリコ」になっているのは、全国的にみても極めて稀であり、貴重なものです。
           林野庁 福島森林管理署』
 
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今度は緑の美しい季節に行きたい。
 
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源泉神社
 
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ケヤキの森足湯
 
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手打中華そば 麺屋 正遊
1時過ぎてそろそろお昼にしようと思ってたら、ラーメン店を発見。のれん右端に「白河とら食堂より」という文字が見える。
 
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ワンタン麺 860円
油が多く浮いているが、あっさりしている。醤油の風味とワンタンの食感もいい。スープを飲みほした。
 
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温泉街案内塔
 
イラストマップを見ると、中山の大ケヤキという樹齢約400年の巨木があり、戊辰戦争時に会津軍が中山宿全戸を焼き払った跡を見ることができるという。イラストマップだから縮尺が正確ではないことをわかってて先に進む。遠そうだったら引き返そうと思うも、あと少しだったら悔しい。結局、片道2キロ以上歩いた。マップにはないが、旧中山宿駅跡に寄った。2015年夏に行ったことがある。
 
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磐越西線 旧中山宿駅跡
 
「中山宿~上戸間にある中山峠は、最大25パーミルの勾配があり、難所となっていました。そこで、この勾配をのぼるため旧中山宿駅にスイッチバック方式が導入されました。」
 
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駅名標
 
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ホームの先端から
 
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郡山市指定天然記念物
中山の大ケヤキ
 
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 『中山の大ケヤキは、根周り7.1m、根元から1mのところで東西の双幹に分かれています。東の幹周りが2.3m、西の幹周りが4.9m、樹高約30mもあり、樹齢は約400年です。
 この大ケヤキの西側裾部に細長く焼けた跡がみられます。これは戊辰戦争の時、会津軍が戦略上から中山宿の全戸を焼き払ったときに焼けた跡です。この木の所有者が家財道具をケヤキの根元に運び出し、これに火が燃え移ったために木も焼傷したものです。このケヤキが歴史上の出来事を如実に物語っています。そんな傷にもめげずに勢いよく枝はを伸ばし、この地の復興を見守って来たように思えます。
 ケヤキの下に祠が祀られています。市内に残る屋敷林として、これだけの巨木はめずらしく風格があります。
               郡山市教育委員会』
 
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五百川渓谷
 
萩姫伝説と五百川
 『南北朝時代・建武のころ、京に住む萩姫は難病に苦しんでいた。
ある夜、夢の名で「京より東北へ五百本目の川岸に霊泉がある」との神託があり、侍女を伴いこの地までやってきた。
 ちょうど五百本目の川が現在の五百川と言われ、姫はこの地に二年間ほど滞在したのち、難病も全快し都へと戻った。』
 
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湯泉神社
以前は「湯泉権現」という名で、伊豆地方における神といわれていた。
右の古い灯篭は天保15年のもの。
 
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磐梯熱海観光物産館
地域の農産物や観光お土産品を販売している。酪王カフェオレ味とキャラメル味のクリームボックスを買った。
 
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郡山ユラックス熱海 400円
温泉街で日帰り入浴やってるところに行こうと思ってたけど、土曜の夕方で忙しいだろうから次の機会にした。
 
磐越西線 磐梯熱海(18:00)→郡山(18:15)
新幹線 郡山(18:30)→大宮(19:22)自由席2590円
湘南新宿ライン 大宮(19:34)→新宿(20:04)

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2019年1月 6日 (日)

伊達市保原町高子・梁川町

1月5日(土)

東北新幹線 東京(7:44)→福島(9:39)4750円+自由席3680円
 
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阿武隈急行 福島(10:16)→高子(10:30)390円
 
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高子二十境
江戸時代中期の文人・熊阪覇陵(くまさかはりょう)が、とくに気に入った二十の場所に名を付け、漢詩に詠んだ。息子、孫もこれに唱和。父子三代で詠んだ漢詩は60題となった。息子は覇陵亡き後、父を慕いこの60の漢詩に、後に偉大な日本画家となる若き谷文晁(たにぶんちょう)の挿絵を付けて「永募編」(えいぼへん)と題して江戸で出版した。
 
年末寒波で福島積雪12月観測史上最高42センチに並んだ。この日の朝でまだ7センチ残ってる。高子でも日陰だと雪が残っている。高子二十境のうち、高子陂(高子沼)、丹露盤、白雲洞の3か所に行く。
 
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高子沼
 「かつて、高子地区の山々は有望な金鉱山でした。
 天正19年(1591年)、伊達政宗たちが豊臣秀吉に伊達郡ほかを召し上げられたとき、次の大名たちからその痕跡を隠すため、土手を築き、金鉱山精錬所を水底に沈めた時にできた沼が、高子沼の始まりといわれています。」
 
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高子陂(こうしひ)
春陂千萬項 幾客か魚を得て帰る
 高子知ぬ誰が子ぞ 空しく一釣磯を留む  覇陵
 
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地図②からの眺め
 
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伊達氏発祥の地
「常陸国の武将であり、源頼朝の家臣である常陸介入道念西(伊達朝宗)と4人の息子は頼朝の出陣とともに、配下として従軍し、息子たちの奥州合戦の功により伊達郡を賜り、伊達姓を称しました。これが伊達氏の発祥であり、鎌倉時代から、室町、安土桃山、江戸へとつながる伊達氏の礎をなしました。居城を高子岡に築いたとされ(高子岡城。高子岡館ともいう)、この地に亀岡八幡宮を建立しました。城域は北に張り出した小丘の一帯で北西側は断崖となっている独立丘陵であり、頂上からは周囲の平野部を見渡すことができます。」
 
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亀岡八幡宮
裏の階段を登ると丹露盤がある。
 
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丹露盤
 
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丹露盤からの眺め
 
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淡島神社
慶長16年、法印境宥教が薬師如来と共にこの地を奉祀したと伝わる。医薬・造酒の神、五穀豊穣の神として信仰されている。
 
淡島神社横の階段を登ると頂上に白雲洞がある。
 
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白雲洞(岩谷観音堂)
 
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大きな凝灰岩が露出し、いくつかの洞窟に観世音菩薩・阿弥陀如来・薬師如来が祀られている。
 
阿武隈急行
高子(12:18)→やながわ希望の森公園前(12:34)390円
 
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梁川体育館前のキビタン
 
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梁川八幡神社に行ったら、本殿解体修復中だった。
 
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 「現在の八幡神社本殿は約270年の風雪に耐えてまいりましたが震災以降、雨漏り・損傷等が新たに見つかり調査をする中、予想を遥かに超えて思いのほか進んでいることが判明致しました。」
 
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からあげ伊達屋 梁川本店
 
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からあげ南蛮定食 680円
肉団子は、「食事の方はご自由におとりください」とカウンターにあった。
 
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まちの駅 やながわ
特産品販売コーナーでラスクなどを買った。
 
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政宗ダテニクル(アニメ)
十七代伊達政宗
『「独眼竜」の愛称で親しまれている十七代政宗は、初代仙台藩主として杜の都仙台の繁栄を築いた人物です。梁川城への宿泊や梁川八幡神社への参拝を行うなど、伊達市にも縁の深い当主として知られています。
「政宗」の名前は伊達市中興の祖で、九代政宗にあやかりました。
弱冠24歳にして、誰もなしえなかった南東北の統一に成功した東北を代表する戦国きっての名将でした。一方で、詩歌・能・書道・茶道など文芸を広くたしなみ、教養豊かな文化人でもありました。』
 
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梁川城 北三の丸土塁
 
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「慶長5(1600)年に政宗は伊達郡奪取のため梁川城を急襲しましたが、須田長義らに撃退されました。北三の丸の土塁は特に高く、堀の幅も広く、伊達氏時代よりも堅固な城になっていました。」
 
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北三の丸土塁 右側の角
 
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浅間神社
伊達氏の祖、伊達朝宗が創建した。
 
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梁川城本丸跡庭園 心字の池
 
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福島県指定史跡及び名勝
梁川城跡及び庭園
 
 「梁川城は、伊達氏によって、鎌倉時代に築城されたとみられる。城跡からは十三世紀後半よりの遺物が出土しており、十四世紀末に活躍した大膳大夫政宗のころには、本城として使用されていた可能性がある。以後伊達氏は室町幕府との関係を深めつつ、持宗・成宗と勢力を拡大、大永三年(1523)伊達稙宗が陸奥国守護に補任されるに及んで、梁川城は奥州の政治的中枢を占めるにいたった。天文元年(1532)稙宗が本拠を桑折西山に移してからは、伊達領国の重要な支城となり、天正十八年(1590)蒲生氏の支城、慶長三年(1598)上杉氏の支城となった。そののち寛文四年(1664)廃城とされたが、文化四年(1807)から文政四年(1821)の間は松前章広の本拠地となった。
 明治三十二年に梁川小学校が本丸跡に移転し、第二次大戦以後は二の丸の地に中学校・高等学校などが建設され、城跡の景観は変えられたが、なお本丸跡土塁・同庭園・桜館跡(新公園)・三の丸跡などに往時の梁川城の姿が残されている。
 これまでの発掘調査によると、本丸跡からは、主殿など数期にわたる二十五棟以上の中世建物跡・堀・井戸・石敷などの遺構、及び陶磁器片・中国銭などの出土品が発見され、伊達氏以来の居館の存在が確認された。庭園も伊達氏居城の時代にまでさかのぼることが推定され、現存する城郭本丸の庭園の全国稀有の例として極めて貴重である。
 三の丸は、上杉期の慶長四年(1599)ごろまでに整備を終えたものと推定され、当時は侍屋敷がおかれた。現在土塁・堀などが残り、梁川城の現存する重要な部分である。  福島県教育委員会」
 
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本丸跡
 
阿武隈急行
やながわ希望の森公園前(15:42)→福島(16:18)560円
北海道&東日本パス
福島(16:28)→新白河→黒磯→宇都宮→赤羽→新宿(21:50)

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