福島

2020年3月25日 (水)

常磐線全線運転再開 原ノ町~Jヴィレッジ

3月15日(日)

双葉(13:10)→原ノ町(13:36)

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原ノ町駅

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E657系 精巧な模型

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原ノ町駅 デジタルサイネージ

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大人の休日倶楽部 ポスター
涼ヶ岡八幡(すずみがおかはちまん)神社

「原ノ町駅からバスも1日3本運行!相馬駅から車で約10分!
桜の名所で満開の前後約10日間はライトアップも♪」

「満開の桜と朱色の橋のコントラストが美しい福島県相馬市、涼ヶ岡八幡神社。元禄8年建立、現存する7棟すべてが国の重要文化財に指定されています。全国的に人気の桜の名所もいいですが、人ごみや喧噪を離れ、ゆったりと春を楽しむなら、こんな隠れた名所こそおすすめ。桜がなければ知ることすらなかったかもしれない、そんな運命的な絶景を探して。春の旅に出ませんか。」

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原ノ町(14:00)→Jヴィレッジ(14:53)

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今回のダイヤ改正から常設駅になったJヴィレッジ駅。

聖火リレーのゴール地点でしたが、リレー自体中止になってしまった。

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オリンピックのロゴ入り缶コーヒーを飲んで休憩。オリンピックはどうなるんだろうと思いながら。

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広野町二ツ沼総合公園

パークゴルフ場などの施設は閉鎖されていて、休業中のようだ。ここでバナナを栽培していると聞いて、見に来た。やっているだろうか。

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職員の方に聞いたら、自由に見学してください、とのことで安心した。

見学時間 9時から16時

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バナナ以外にパパイヤとコーヒーもあった。

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バナナの苗?

バナナの苗に氷河期を疑似体験(凍結解凍覚醒法)させることで、広野町でもバナナの栽培が可能になった。耐寒性と成長性の向上を図っている。

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木のようにみえるが、植物学的には「草」だそうだ。

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バナナが黄色くなくて残念だと思ったが、緑色が本来の色だそう。放っておけば黄色になるが、あまりおいしくはない。バナナは、室(ムロ)と呼ばれる追熟設備で熟成されたものだとか。

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350を超える一般公募の中から選ばれた名前
『朝陽に輝く水平線がとても綺麗なみかんの丘のある町のバナナ』
愛称『綺麗』

「綺麗」は、台湾バナナの系統である「グロスミッチェル種」をもとに作り出したオリジナルの品種。糖度が高めでクリーミーかつ濃厚な味わいが特徴とのこと。

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遊具は子供たちに開放されていた。(16時まで)

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安倍首相が植樹した桜の木があった。

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Jヴィレッジスタジアム

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メインスタンド

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バックスタンド

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岩沢川橋から海が見えた。

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広野町と楢葉町に架かる岩沢川橋。

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幅が広く、深い谷のわりに川が見えない。岩沢川という川が流れてるんだろう、どこだ?

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よく目を凝らすと、レンガっぽい半円が見えた。

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ズームするとレンガの橋梁が確認できた。広野町と楢葉町の境はこの川付近。

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Jヴィレッジ駅はなかなか面白い構造をしている。

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ももクロのライブが1年延期になった。上司と同僚が大ファンで楽しみにされていたが、しかたないと言っていた。

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陸側(原ノ町方面)のホームから川は見えなかった。

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海側(いわき方面)のホームから川を確認できた。

Jヴィレッジ(17:19)→いわき(17:45)

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ひたち26号 いわき(18:17)→東京(20:43)指定席2550円

家に帰ったら新聞が二日分たまっていた。同居する母(80歳)になにかあったのかと思ったが、一歩も外に出なかったそうだ。あー、びっくりした。

常磐線全線再開で大熊町と双葉町に行けた。福島県59市町村に少なくとも1回は行った。コロナがひどくなる前に行けてよかった。これで一段落かな。コロナが落ち着くまで、福島県に行くのを控えます。

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2020年3月22日 (日)

常磐線全線運転再開 広野~双葉

3月15日(日)

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ハタゴイン福島広野

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朝食バイキング

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ひろの防災緑地

9時53分の常磐線に乗る前に、海沿いを散歩した。

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1年ほど前、腰ぐらいの高さだった松が、
高いものは自分の背丈ほどに生長していた。

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松ぼっくりもなっている。

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姥嶽蛇王神社 奥州日之出の松

神社の由来となった悲しい物語を全文載せます。

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奥州日之出の松と竹女物語

 『永保3年(930年ほど昔・白河天皇の時代)のころ、浅見川村(現広野町)の豪農鈴木忠左衛門家に生まれた竹女(たけじょ)は15歳で大きな農家に嫁ぎ、女の子にも恵まれ幸せな日々を送っていました。
しかしこの愛娘が6歳の時天然痘で亡くなり、他人の保証をして失敗した夫は自害するなど、愛する二人を失った竹女は失意と落胆のあまり真剣に仏門へ帰依することを考えますが、義理ある人の世話を断りきれず岩城判官平正道(たいらのまさみち)に仕えたのは28歳のときでした。
この年に安寿が生まれ2年後に厨子王が生まれます。
竹女は心底真心込めて二人の養育に努めました。
 その後平穏な日々が続きますが、あるとき正道は逆臣のだまし討ちで殺害され妻や子どもたちまで命を狙われることになります。
妻(28歳)と安寿(12歳)厨子王(10歳)は竹女と共に追っ手を逃れながら朝廷に訴えるべく京都へ向け旅に出ます。
明治の文豪森鴎外の著書『山椒太夫』はここから始まっています。
 山本太夫という悪者にだまされ人買いに売られた4人は直江の浦(新潟県)で離れ離れにされてしまいます。
我が子の生まれ変わりのように慈しみ育ててきた安寿と厨子王を乗せた船が見る見る遠ざかって行くその時、竹女は船頭にしがみつき何度蹴倒されても船を戻すよう懇願しますが船頭は聞く耳を持ちません。
とうとう力尽きた竹女は「もはやこれまで奥方様ごめん下さりませ」と言うと自ら海へ身を投げてしまいました。
この時竹女の胸を去来したのは、奥方と二人の子どもを守ることのできなかった責任感と人の世の無情に対する絶望感、そして幼くして亡くなった愛娘の面影だったのではないでしょうか。

 一方そのような竹女の悲しいできごとを知る由も無い浅見川村では、五月のある日のことそれまで雲ひとつ無く晴れわたっていた空がにわかに掻き曇り、これまで経験したことも無い激しい雨と雷鳴にみな恐れおののきました。そして急に水かさが増え真っ黒に濁った浅見川の河口が異常に盛り上がったと思った瞬間、赤・青・黄・紫・金・銀といった多くの色が綯い交ぜになったような大きな蛇が水面を飛びはね、空を飛んで河口近くに在った鈴木忠左衛門家の松の大木に絡みつきました。
これを不吉なことと思った鈴木家また村人は、この松の大木を切り倒してしまいました。するとその切り口からは人間の血のようなものが流れ出ました。
村人たちが竹女の悲報を知ったのはその後でありました。
鈴木家と村人は竹女の死を悲しみ、その霊が大きな蛇となってふるさと生家の松に戻ったものと信じ「姥嶽権現堂(うばたけごんげんどう)」と「蛇王神社」を建立してその霊をねんごろに弔いました。
 その後この切り倒された木の根元に芽吹いた松が成長して立派な松の木となりますが、村人はこれを「血の出の松」と呼んだそうです。
白砂青松、陸前浜街道の浅見川河口に在る優美なこの曲松に、大海原から昇る朝日が懸かる風情はまさに一幅の絵を観るようだと賞賛され、やがて『奥州日之出の松』と呼ばれるとともに、『尾上の松』『高砂の松』とならび日本三名松の一つに数えられるようになりました。

 このように伝説と共に守り育ててきた日之出の松は打ち続く海岸の浸食と病害虫の被害により枯渇し、平成16年に伐採処分されました。
しかし関係者の努力によりその子孫の苗を育成し、平成28年7月に三代目の日之出の松として定植するとともに、東日本大震災により被災した竹女を祀る姥嶽蛇王神社の遷宮を行いました。

                  令和元年7月吉日

                  広野町観光協会
                  姥嶽蛇王神社  氏子一同』

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広野(9:53)→双葉(10:23)

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浪江方面

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大野方面

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双葉駅西口(双葉町)

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双葉駅西側第一地区 一団地の復興再生拠点市街地形成施設整備事業

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土地利用計画図

 『福島復興再生特別措置法の改正(平成29年5月)により、将来にわたって居住を制限するとされてきた帰還困難区域内に、避難指示を解除し、居住を可能とする「特定復興再生拠点区域」を定めることができることとなりました。
 双葉町では、特定復興再生拠点区域を定め、「双葉町特定復興再生拠点区域復興再生計画」を策定し、平成29年9月に内閣総理大臣による認定を受けています。これに基づき、道路・上下水道等のインフラ復旧や除染・家屋解体等を一体的に進め、令和4年春頃までに避難指示解除による居住開始を目指しています。
 早期帰還を目指し、JR双葉駅西側に「住む拠点」として、帰還住民のための住宅団地を整備していくとともに、公共公益機能・商業機能を確保する予定です。』

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双葉駅東口

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トイレは、駅構内になく、改札外のコミュニティセンター内にある。

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夜ノ森駅や大野駅と違って、バリケードはないものの、
9年前そのままの建物と立派な駅とのギャップに違和感を感じた。

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海の方へ行けるところまで行ってみる。
この辺は線量が高そうだ(1.431)

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フレコンバックが山積みになっている。

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双葉中央アスコン

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アーカイブ拠点施設・産業交流センター

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産業交流センター

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東日本大震災・原子力災害アーカイブ拠点施設

この先に巨大な水たまり(道路の幅くらい)があって、
これ以上進めない。ここで引き返す。

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震災3年後の写真

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初發神社

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マンホール

町の木 せんだん

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秋葉神社

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神社裏の石段を上ると公園があった。線量は0.215。
大きな碑が崩れたまま。しっかりした土塁がある。

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新山城跡(標葉城跡)

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9年前の自販機ラインナップ

アサヒ&カルピス

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コカ・コーラ

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ダイドー

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ダイドーポイントカード懐かしい。

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双葉駅の北側、道路ができるようだ。

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踏切をわたる。

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踏切から

駅のさらに奥、こんもりした山がある所、
福島県道路地図には「標葉城跡」と記されている。

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跨線橋から、双葉駅方面

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地図に「標葉城跡」とあった辺り。行ってみたが、
案内板などなく、民家の敷地のようで引き返した。

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双葉駅改札

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双葉(13:10)→原ノ町(13:36)

震災後、初めて福島県(会津)へ行ったのは、2011年4月29日だった。風評被害で観光客が減って困っているというので、行ってみようかなと。お土産のあかべぇサブレーがきっかけで、あかべぇグッズを買いに再び会津へ。しだいに会津だけでなく、中通り・浜通りにも行くようになった。約8年10ヶ月かかって、福島県59市町村、全て行った。まだ1回しか行っていない町村にも、再び行きたい。

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2020年3月19日 (木)

常磐線全線運転再開 大野(大熊町)

3月14日(土)

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夜ノ森(13:00)→大野(13:04)

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大野駅西口

駅の出口に避難経路マップがあった。

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大野町役場がある大川原地区まで歩いて行く。
距離 約5キロ  徒歩 約70分

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大野病院

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一部、歩道のない箇所がある。車に注意。

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常磐自動車道の近くを通る。

路面の状態がよくない所があり、大きな水たまりがあった。
車の往来が多く、水はねに注意して通った。

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熊川

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大熊エネルギー・メガソーラー発電所展望台

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先行復興ゾーン(大川原地区)で、2017年10月より発電を開始している。

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事業面積 約16万㎡ 太陽光パネル37,044枚
想定年間発電量 12,700MWh(一般家庭消費電力約3,500世帯分)

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「はばたけ新大熊町開幕」看板

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デイリーヤマザキ プレハブ店舗
営業時間 平日8~18時 土曜9~15時

お菓子と缶コーヒーを買った。
キャッシュレスの端末はなさそうだ。

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大熊町役場

平日は、大野駅⇔大川原(大熊町役場)のバスが6往復ある。
富岡駅⇔大川原(大熊町役場)のバスも平日9往復、土曜日4往復ある。
雨が降ってるので、15:32のバスに乗ろうかと思ったが、
大野駅東口をまだ撮ってないから、歩いて戻ろう。

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土曜日なので閉まっていた。
裏に日直室があり、トイレをお借りした。

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大熊町マスコット
おおちゃん くうちゃん

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3月26日、聖火リレーが行われる予定

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交流施設・商業施設・宿泊温浴施設(予定地)

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公営住宅

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ダイニング大川原
営業時間 平日午後5時~11時

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マンホール

町の鳥 トビ
町の花 ナシ
町の木 モミ

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大山祇神社

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大きな送電線が参道を横切る。
原発の町なんだな。
駅の避難経路マップだけで6本の送電線が記されていた。

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大きな杉の木が6本あり、そのうち2本の木の幹の
太さは5m86cmもあるそうだ。

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軒下で雨宿りをする。ヤマザキで買った菓子を食べた。

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大野駅に戻った。
大野駅空間線量率 0.311μ㏜/h

リュックもシューズもびしょ濡れ。
リュックの中身はビニール袋で濡れないようにしてる。

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東口方面

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大野駅東口

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大野(16:56)→広野(17:22)

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デイリーヤマザキで夕食を買い、ハタゴイン福島広野に
チェックイン。気温は2℃台。
手がかじかんで、名前や住所などをうまく書けなかった。
大浴場・朝食バイキング付(6600円・楽天トラベル)

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2020年3月17日 (火)

常磐線全線運転再開 浪江~夜ノ森

3月14日(土)

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9年ぶりに常磐線が全線運転再開する。週末パスで日帰り×2の予定だったが、母の体調もよさそうだし、コロナ感染のリスクを考えて宿泊にした。前日の金曜日に広野町のホテルを予約し、週末パス(8880円)を買った。

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始発の山手線、混雑は以前とあまり変わらない。

山手線 新宿(4:43)→日暮里(5:05)
常磐線 日暮里(5:13)→水戸(6:58)グリーン車800円
常磐線 水戸(7:03)→いわき(8:35)

いわき駅ニューデイズで福島民友と福島民報を買った。

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いわき駅 デジタルサイネージ

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いわき駅 料金表

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発車案内板

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常磐線 先頭車両

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行先表示 原ノ町

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ホーム発車案内板

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いわき(9:30発)

一番すいていた最後尾の車両に乗った。
席は全部うまり、立っている人が20~30人いた。
特急で来た人は、たぶん座れなかったと思う。
予報通り雨が降ってきた。

富岡駅を過ぎて、再開した区間を通る。
立っている人がいるので、ちらっとしか見えなかった。
ヘリコプターの音が聞こえる。テレビカメラもいた。
乗降客や出迎える人が多かったためか、数分遅れた。

浪江駅(10:28+数分遅れ)

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前日まで719系が発着していたホームは柵が設置されていた。

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祝!JR常磐線全線開通 浪江駅

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イオン

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道の駅なみえ工事現場

国道6号と国道114号沿いに福島県34番目となる道の駅ができる。
今夏に一部施設が先行オープンする予定。

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浪江町仮設商業施設「まち・なみ・まるしぇ」

真ん前にイオンができたからか、ひっそりしていた。

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コーヒーCOSMOS

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メニュー

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炙りチーズナポリタン ドリンクSet(980円)

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浪江(12:09)→夜ノ森(12:23)
実際にはそれぞれ数分~10分程度遅れた。

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つつじも復活しつつある。

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6週間前はこの辺にクレーンが設置されていた。

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夜ノ森駅東口

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解除されたのは、道路と歩道だけ。

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夜の森の桜並木

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開花基準木

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除染したといっても、0.56μ㏜/hある。

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柵の隙間から撮ってます。

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先日までバリケードがあったのはこの辺りか?

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夜ノ森駅西口

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夜ノ森(13:00)→大野(13:04)

福島県59市町村のうち、58番目となる大熊町へ。

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2020年2月 4日 (火)

富岡町 夜ノ森駅

2月1日(土)

6週間後の3月14日に常磐線が全線再開する。夜ノ森駅東西自由通路及び橋上駅舎新設工事の進捗状況を見に行こう。夜ノ森駅の東側は帰還困難区域だが、西側から駅舎やホームを見られる。

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3月14日から特急ひたち3号は仙台行きになる。

週末パス8880円
特急ひたち 上野(8:00)→いわき(10:23)指定席2550円

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常磐線 いわき(10:27)→富岡(11:09)

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海沿いの県道広野小高線と陸側の道路を結ぶ工事が再開した。
富岡駅をまたぐ橋の部分はすでにできている。

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富岡駅跨線橋から(海側)

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富岡駅跨線橋から(陸側)

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ダイヤ改正後、651系4両は引退かな?

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さくらモールとみおか フードコート (日曜定休日)

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浜鶏(はまどーり)

浜鶏つけ麺 1.5玉(920円)

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さくら屋 さくらスイーツ(焼きドーナツ)各150円
いちご・バニラ・アーモンド
チーズ・玉ネギ・オレンジ

玉ネギ味は富岡町産の玉ねぎを粉末状にして練り込まれている。

ふたばいんふぉ(双葉郡の総合インフォーメーションセンター)に寄る。

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ふたばいんふぉ
双葉郡8町村の現状を共有し、広く伝えるために開設された民営の情報発信と交流の拠点。

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事故当時の住民避難の様子など、パネル展示を見て、大熊町大川原マップなどの資料をもらってきた。

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8町村の立体地図から(イチエフ周辺)

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国道6号と常磐線が交差する辺り。線路沿いの階段。

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2017年10月21日に来たときは、草ぼうぼう&蜘蛛の巣で途中までしか行けなかった。階段の幅、こんなに広かったんだ。

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さらに階段を上ると高台の住宅街があった。

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まんまやぼっけもん

2018年4月に来たときは、オープン5日前だった。今度、食べに行こうと思っていた。つけ麺の幟が複数あった。

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濃厚つけめん 920円

本日2杯目のつけめん。ラーメンだとトイレが近くなると思ってつけめんにしたが、けっこう濃厚だったので、自販機で炭酸水を買った。

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学びの森(文化交流センター)

滝川製鉄遺跡の遺構(地下構造原寸大模型)

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『富岡町の上手岡地区に所在する滝川製鉄遺跡は、江戸時代の末にそれまで砂鉄原料で発展してきた日本独特の製鉄技術である「たたら」の手法を用いながら原料を鉄鉱石に変えて行ったことが知られた遺跡です。こうした遺跡は日本の製鉄技術の近代化の転換期にあって、次代の製鉄原料である鉄鉱石を使用した試みとしてその製鉄を行った工人たちの試行錯誤の跡を知る貴重な手掛りとなるものです。
 近世の「たたら製鉄」では製鉄炉の保温・防湿を目的として地下に巨大な仕掛け「地下構造」を築いています。また、周囲には鉄鉱石を破砕したと思われる遺跡や製鉄操業の副産物「鉄滓(てっさい)」などを捨てた排滓場(はいさいば)などの遺構も良好に残っていました。なおこの遺跡は「滝川ダム」の湖底に現在も存在しています。』

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 『中央の大きな地下構造を囲むように4本の大きな柱跡(押立柱)跡が検出されました。更にその外側にはたたら製鉄の工場建屋「高殿」側柱が9間(16.2m)の規格を持って見つかり、更に外側に軒柱の跡が見つかりました。
また、建物のなかには鍛冶炉も併設されていたようです。』

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帰還困難区域沿いを歩き、夜ノ森駅へ向かう。

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夜の森の桜並木、帰還困難区域のゲート付近

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ゲート手前からズームした。

3月10日午前6時、避難指示が一部解除されて通れるようになる。

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ガソリンスタンド近くの跨線橋から(富岡駅方面)

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跨線橋から(夜ノ森駅方面)

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夜ノ森駅ホーム 駅名標はまだ設置されていない。

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新駅舎の屋根は緑色。

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普通列車の長さ分のホームしか整備されていない。今後の復旧次第で特急が停まれるようになるかも。

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夜ノ森駅西側、約34ヘクタールの敷地にソーラーパネル11万枚が並ぶ。

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夜ノ森駅北側の跨線橋から

バリケードの位置が変わっていた。交差点手前にあったが、跨線橋付け根付近に移動していた。

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大野駅方面

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夜の森の桜並木

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651系に乗って発車を待っていたら、E531系5両がいわき方面へ走って行った。

富岡(17:04)→いわき→勝田→日暮里(21:40)

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2020年1月22日 (水)

相馬・松川浦

1月18日(土)

週末パス8880円
新幹線 東京(6:04)→仙台(7:59)指定席5040円
常磐線 仙台(8:13)→相馬(9:18)
福島交通路線バス 相馬営業所(10:10)→原釜(10:26)350円

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東日本大震災慰霊碑、伝承鎮魂祈念館

約3年ぶりに訪れた。震災直後の新聞記事、震災前の写真、
持ち主不明の写真、震災前と後の航空写真などを再び見た。

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原釜尾浜海水浴場駐車場の「東日本大震災による被災状況」パネルから
海水浴場展望台と松川浦大橋が見える。

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原釜尾浜展望台、松川浦大橋

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3年前に来たときは工事中で、初めて展望台に登った。

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奥に見えるのは海岸堤防と防災緑地。
まだ工事中だったが、完成間近という感じがした。

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松川浦大橋を初めて渡る。

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御製碑のある公園

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鵜ノ尾岬トンネル

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「ふるさと相馬」の歌碑

碑の前に立つと「ふるさと相馬」が流れる歌碑。津波で流され、泥に埋もれていた。センサーは壊れたが、歌詞が刻まれた部分は壊れずに残っていた。その傍らには、同時に流された「百体地蔵尊」の一体が寄り添うように立っていた。
(センサーは後につけられたようだが、シーズンオフのためか音楽は流れなかった)

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鵜ノ尾岬桟橋

水深は浅そうで、底がよく見えた。

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桟橋の突端から

すぐ近くに小さな島があり、浸食しないように囲われている。

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海苔の養殖

強風で寒いし、みぞれも降ってきた。デジカメの充電池が残り少ない。
撮ったらすぐに電源を切って充電池の減りを抑える。

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鵜ノ尾崎地蔵尊

高台に夕顔観音様が古くから祀られていた。参道に沿った岩壁のくぼ地が祠になっていて、昔は石碑や地蔵尊が沢山並んで祀られていた。この参道を「お地蔵通り」と呼び、地蔵様への供養も欠かさず行い、大切にしていた。
昭和19年に鵜ノ尾岬一帯が軍用地となり、集落全戸が強制移転を命じられた。若者は、すべて戦争に召集されていて、老人と婦女子だけでの移転作業は困難を極めた。夕顔観音様は解体移転したが、「お地蔵通り」のものは、ほとんど放置せざるを得なかった。
半世紀を越す年月が流れ、平成7年に松川浦大橋と鵜ノ尾崎トンネルが完成した。平成9年、跡地に「奥の院夕顔観音」を新築した。
平成10年に「お地蔵通り」の復元を呼びかけたところ、百体を超える石地蔵を奉納することができた。集落全戸移転から数えて、54年目の「お地蔵通り」復活となった。
東日本大地震による10メートルを超える大津波が、鵜ノ尾崎を呑み込み、「奥の院夕顔観音」と「お地蔵通り」は波しぶきに覆われた。地蔵様は激流に巻き込まれた。石材店の方々が、身の回りの事で精一杯の中、流されたお地蔵様の捜索や取り出しの作業をされて、52体のお地蔵様の復元設置を実現できた。

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奥の院夕顔観音

階段を上ると道が3つに分かれている。まず、右へ行く。

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昭和31年製、長さ100メートルのスベリ台跡地があった。

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慰霊 海洋調査船 へりおす乗員之碑

昭和61年、鵜ノ尾崎沖合いで海洋調査船「へりおす」が沈没し、26歳から39歳までの船員・調査員9名が亡くなった。

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鵜ノ尾埼灯台が見える。

先ほどの分岐に戻り、真ん中の道を進むと灯台に行ける。

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鵜ノ尾埼(うのおさき)灯台

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 『この灯台は、日本百景の一つ「松川浦」を一望できる鵜ノ尾埼に、昭和28年(1953年)に設置・点灯され、昭和37年(1962年)までは職員が居住して、保守点検に当たっていました。
 灯台としては、比較的少ない四角形コンクリート構造で、福島県沿岸を航行する船舶の重要な道しるべとなっています。』

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へりおす慰霊碑が見える。

また戻り、左へ行くと展望台があった。

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展望台から相馬港を見る。

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大洲海岸、大洲松川浦ライン

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トンネル、地蔵尊、夕顔観音

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桟橋、海苔養殖

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松が植樹されている。

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もと来た道を戻る。

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松川浦港から。さっき渡った桟橋や小島が見える。

14:10頃、とうとうデジカメの充電池が切れた。
14時38分のバスに乗る予定。昼食は無理かな。
カフェでちょっと休もう。(充電池を交換した)

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茶房 MARUJIN

あ、このピラフおいしそう。
「ツブとほっきの貝ピラフ」を注文した。
しまった、バスの時間のことを忘れてた。
以前も歩いたことがある。5.5キロ、なんとかなるだろう。

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ツブとほっきの貝ピラフ 1000円

バスはあきらめて、ゆっくり味わおう。
バターの香りが食欲をそそる。
大きめの貝がたくさん。噛むと貝のうまみが広がる。

お会計を済ませて1階に下りるとバスが通り過ぎた。
停めようかと思ったが、バス停ではないから遠慮した。
店舗外観の写真を撮り、14時43分出発。

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農産物直売所に寄って、相馬あられを買った。

相馬15:40発には間に合わず、16:20発に乗る。
相馬(16:20)→原ノ町(16:40)

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719系 H-20に乗る。奥の2両はH-41だった。

原ノ町(16:55)→浪江(17:14)

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浪江駅の料金表

3月のダイヤ改正後、Jヴィレッジ駅は臨時駅から常設駅になる。
夜ノ森・大野・双葉の3駅再開まで2ヵ月を切った。

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代行バス 浪江(17:30)→富岡(18:00)

特に帰還困難区域は、ほとんど真っ暗。
国道から離れたところに灯りがたくさん見える。
たぶん原発周辺だろうな。

富岡(18:19)→いわき(18:59)
特急ひたち いわき(19:18)→東京(21:44+6分)指定席2550円
羽鳥駅付近で緊急停止、踏切の安全確認をしてから通常運転に戻った。

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2020年1月 4日 (土)

高屋敷稲荷神社、鹿島大神宮ペグマタイト岩脈

2020年1月2日(木)

新幹線 東京(7:32)→郡山(8:55)自由席 乗車券込み 7810円
福島交通路線バス 郡山駅前(9:10)→舞木駅前(9:28)470円

この辺は、郡山市と三春町の境で境界が入り組んでいる。

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磐越東線舞木(もうぎ)駅の三春駅寄りのガード下をくぐると大きな鳥居がある。
脇の立て看板に「高屋敷稲荷神社 ↑これより2km」とある。

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道なりに進むと鳥居の絵と矢印があった。
事前に調べたルートと違うが矢印の通り行ってみよう。

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本当にこっちなのかと不安だったが、あぜ道を進む。
稲荷古道という文字が見えて一安心。

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鳥居がいくつか見えた。間違いなさそうだ。

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郡山市 高屋敷稲荷神社

1713年 京都の伏見稲荷神社の御分霊を奉還した。
御鎮座300年を超える稲荷神社。

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最近、鳥居がたくさん連なっている神社が郡山にあることを知った。
母の実家(山形)近くに鳥居がトンネルのように連なる神社がある。
数年前に行ったときに、だいぶ枯れて残念な感じがした。
約40年前は、参道が3本あって、鳥居がぎっしり連なっていた。
山形と比べて本数は少ないが、鳥居をくぐって懐かしい気分になりたかった。

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社務所北側に御神石(パワースポット)があるんだ。先にお参りしてから行こう。

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本殿

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「この御神石は心願成就、願いが叶う磐座(いわくら)として昔(いにしえ)よりお参りしていただいております。 直接触れ霊力をお受け下さい。 社務所」

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自動車用参道、駐車場に続く。

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現在の鳥居は150本(公式サイト)
戦前は舞木駅まで4000本連なっていたそうだ。

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11:25の磐越東線に乗る予定。まだ11時くらいだから、三春町指定重要文化財、上舞木板石供養塔婆を見に行こう。約265m先右側か、ずいぶん細かいな。ざっくりした距離よりはいい。

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上舞木板石供養塔婆

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 『石造塔婆は仏様を表す種子が刻まれている供養塔婆である。一般に板碑と呼ばれ、鎌倉時代に関東地方で発生し全国に広まった中世の戦乱のころに生活していた人たちの信仰観念がうかがわれる貴重なものである。
 この石造塔婆は、弘安7年(1284)銘の凝灰岩製である。種子は「アン」か「マン」であり、無量寿如来や普賢菩薩を表すが、無量寿如来であれば即阿弥陀如来を表している。建造趣旨が刻まれており、極楽に往生してもらいたいと父親の供養を行ったものである。この願文は極楽往生の阿弥陀信仰を表していることから、種子は阿弥陀如来であると思われる。三春町教育委員会』

北海道&東日本パス
磐越東線 舞木(11:25)→三春(11:31)

鹿島大神宮のペグマタイト岩脈を見に行く。

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県道116号を北へ向かうと、巨石の上にお地蔵さまが立っていた。

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郡山市 鹿島大神宮

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国指定天然記念物 ペグマタイト岩脈

 『ペグマタイトとは「巨晶花コウ岩」ともよばれているように、花コウ岩質で、石英、長石を主成分とした非常に大きな結晶の集合した岩石のことです。
 かつて、西田町から隣の白沢村にかけての阿武隈山地は、ペグマタイトの大産出地でしたが、今では工業用原料として採掘されつくされてしまい、約1万4千トンと推定される量のペグマタイトが、現在でも保存されていることは大変めずらしいことです。
 露出している面の延長は約40m、幅14mにおよび、地下10mまではこの岩石があると推定されます。』

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木と一体になっている。ペグマタイトに触れ、パワーをいただいた。

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陶磁器や光学レンズの材料として使用された。

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奥社の土台にペグマタイトが使用されている。

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神社裏に小さな祠が複数あった。

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たいへん恐れ多いが、裏山に登ってペグマタイト岩脈の凄さを実感した。

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せっかくなので1キロほど歩いて、子和清水まで行った。

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「古老の言い伝へによると江戸時代以前より銘泉として名高く長い歳月に亘りコンコンと湧き出て止まず水質も非常に良い。古来眼病を治するに薬効ありと伝承されこの霊水で眼を洗い、奥の不動明王に平癒を祈願し、大願成就の際は不動様に剣を奉納したものである。」

ペグマタイト岩脈周辺観光案内に「雪村庵」が載ってた。行ってみよう。
「室町戦国時代の画僧・雪村が、晩年活動の処とした庵。聞こえるのは風の音だけという静寂の中、竹林と樹齢数百年のしだれ桜が美しいコントラストを奏でる。」

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雪村庵

 『雪村周継は、16世紀初めから後半(室町時代後期から戦国時代)にかけて活動した日本を代表する禅宗の画僧で、山水画、人物画、花鳥画などを描きました。
 現存する作品だけでも、約200点が確認されており、その中には国の重要文化財に指定されている作品もあり、郡山市立美術館をはじめ国内外の美術館等に収蔵され、高い評価を得ています。
 現在の「雪村庵」は、後世に建てられたものですが、当地が、雪村の晩年(16世紀後半)に隠棲していた地であることを、明暦4(1658)年、三春藩主秋田氏の菩提寺高乾院の僧侶であった一元紹碩が、庵の扁額に、当時の古老の話や伝承をもとに記しています。
 庵の裏手の竹林には、雪村の墓と伝えられる花崗岩の大きな石があり、地元の人々により供養されています。
 また、庵には、雪村桜、雪村梅と名付けられたシダレザクラとウメの古木があり、春の開花期は、訪れる人々を和ませてくれます。』

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右から2番目、丸い石が雪村の墓だそうだ。

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桜の時期の写真(観光案内板より)

磐越東線 三春(15:24)→いわき(16:42)
常磐線 いわき(16:54)→勝田→東京(20:54)

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2019年12月31日 (火)

南相馬市小高区 大悲山の石仏

12月29日(日)

北海道&東日本パス 11,330円
(連続する7日間、普通車自由席乗り放題)

四ツ谷→神田→上野

時間短縮のため、特急に乗る。北&東パスでは乗れないので、別途きっぷを買った。

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特急ひたち3号(乗車券込み 6,290円)
上野(8:00)→いわき(10:23)

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いわき(10:27)→

元スーパーひたちの車両に乗れるのは3月までかな。

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竜田駅 新駅舎工事中
橋上化して、東西自由通路ができるそうだ。

→富岡(11:09)

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常磐線代行バス
富岡(11:40)→浪江(12:10)

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浪江駅、1・2番線はかさ上げ工事完了。
719系がいる3番線は低いまま。
コンプレッサーの音、久しぶりに聞いた。半年ぶりかな。

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貴重な719系(H-20) あかべぇ719は全て廃車になり、秋田の元あかべぇも引退したと聞いた。

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磐越西線を走っていたH-17に乗った。

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小高 桃内 ← 浪江 → 双葉 大野 夜ノ森 富岡

試運転のE531系5両が小高方面からやってきた。
停まったと思ったら、双葉方面へ走っていった。

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浪江(12:20)→桃内(12:25)

719系に1区間だけ乗った。もっと乗りたかった。
桃内駅は、大悲山(だいひさん)の石仏の最寄り駅。(2km弱)
国指定史跡で日本三大磨崖仏の一つだそうだ。
(福島県南相馬市小高大悲山、栃木県宇都宮大谷、大分県臼杵)
同じところに、樹齢千年の杉があるというのも気になる。

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来春から、常磐線では桃内駅を除いてSuicaが使えるようになる。
隣の浪江駅までが首都圏エリア、隣の小高駅から仙台エリアになる。
首都圏エリアと仙台エリアの駅をまたがって利用することはできない。

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駅前に多目的トイレがある。

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県道を北に進むと、レンガの旧トンネルが見えた。

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元スーパーひたち海側の席から旧トンネルが複数見え、間近で見たいと思ってた。
さすがにこれ以上は近づけない。トゲのありそうな枯草が2mほどある。

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意外と短いトンネルだ。(反対側の出口)

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別のトンネル、凝った装飾が見える。(県道から)

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国指定史跡 薬師堂・観音堂石仏 看板

突き当たりを左に行くと薬師堂・大杉・大蛇物語公園、右に行くと観音堂がある。まずは、大蛇物語公園から見よう。

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大悲山大蛇物語公園

1、物語広場  2、物語展示塀  3、休憩所兼展示室
4、公衆トイレ  5、モニュメント(大灯籠)
6、駐車場  7、案内説明板  8、蛇巻山(蛇頭明神)
9、散策遊歩道  10、展望台  11、山の神様
12、自然環境保全地域  13、大悲山大杉
14、薬師堂  15、阿弥陀堂  16、観音堂

 『大悲山大蛇物語公園案内
 この地域は、古くは大悲山(だいひさ)といい相馬氏の支族大悲山氏の旧領だったところ。のち大久となり、現在は泉沢とよばれている。
 ここには、国指定史跡である薬師堂石仏、阿弥陀堂石仏、観音堂石仏からなる磨崖仏群があり、藤原時代の作と推定されている。この境内には樹齢約一千年の大悲山の大杉(県指定天然記念物)がある。
 また、当地域に南北朝時代のころから、盲人玉都(たまいち)と大蛇との伝説があり、「大悲山大蛇記」として言い伝えられている。
 この公園は、「歴史と語る散策漫歩のまちづくり」をテーマに地域の重要な歴史的文化遺産の保存と、歴史や伝説とのふれあいとやすらぎの場として、遊歩道、展望台、休憩所、公衆トイレなどを整備しました。
 公園は、みんなで大切にご利用いただくようお願いします。』

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物語展示塀

大悲山大蛇物語 あらすじ

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 『その昔、南北朝時代のころ、琵琶の名手で玉都(たまいち)という目の不自由なお坊様がいました。玉都は、目がよくなりますようにと毎晩大悲山薬師堂で願をかけておりました。』

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 『いよいよ満願という日の夜、近くの沼の主だという大蛇が若侍に化けてあらわれ玉都の美しい琵琶の音を聴かせてもらったお礼にと、ひとつの話をしました。それは、大蛇の夫婦は沼がせまくなったので明日から七日七晩大雨を降らし、小高郷一帯を大沼にしてしまうと、そして大蛇から竜に化身すると言いました。そのあかつきには玉都を小高郷の殿様にし、目も見えるようにしてやろう、だが他人にこのことを言えば命はないと告げられました。』

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 『その話の一部始終を聞いていた薬師堂の観音様は、へびの体を腐らせ、その魔力を失わせる「鉄の釘」をたくさんつくり、大蛇の住む沼の岩に打ちつけるようにと玉都をさとしました。』

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『玉都は念願の目が見え、小高郷の殿様になれることに一時は心を奪われましたが、仏に仕える身であることを思い起こし、観音様の教えを小高城の殿様(相馬重胤公の子光胤公)に知らせたのですが、その帰り道小高川の橋のところで化身した竜に命を奪われてしまったのです。』

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『その後殿様は家来たちに「鉄の釘」をたくさんつくらせ、大悲山の蛇巻山周辺の沼の岩に釘をうち、竜を退治したのであります。これは玉都の捨て身の進言によって、大雨の洪水からまぬがれ、たくさんの人々の命と小高郷が救われました。という物語です。』
  参考文献 奥相志(泉沢村)「大悲山大蛇記」ほか

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蛇巻山(立入禁止で入れなかった)

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中央の木が、樹齢千年の杉。

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福島県指定天然記念物 大悲山の大スギ

 『史跡「薬師堂石仏」の庭前石段のそばにある大樹で、根元は石段設置の際に埋められているが、目通り幹回り8.6メートル、高さ約45メートルである。
 地上約3メートル余りのところから支枝数本に分れ、樹勢がよく、うっそうと繁茂していることでは県内有数である。
 なお、薬師堂石仏は藤原時代のもので、2メートルを越す大きな半肉彫りの坐像を中心に、立像・線彫りなど10余体がきざまれている。損傷してはいるが、光背などに彩色が残っており、この時代のものとしては東北唯一の磨崖仏である。 福島県教育委員会』

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見上げるとこんな感じ。力強く伸びている。

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薬師堂

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薬師堂の正面にいるとセンサーが反応して電気が点く。石仏に見入っていると消えてしまう。中央に移動しての繰り返し。

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国指定史跡 薬師堂石仏 (小高駅前の観光案内板)

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薬師堂石仏復元図

左端の如来坐像は現存していない。

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日傘でガラスの反射を抑えて浮彫の6体を撮った。
左から 菩薩立像 如来坐像 (2つの写真を合成)

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如来坐像 (薬師堂正面)

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如来坐像 菩薩立像 (2つの写真を合成)

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如来坐像 (右端)

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阿弥陀堂は工事中で入れなかった。
剥落が激しくて、仏像と思われる芯の部分が残るだけだという。

14時台の電車で原ノ町に行こうと思ってたが、無理そうだ。小高駅まで約3キロ歩こう。

薬師堂から約400メートル歩くと観音堂がある。

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観音堂

近所の方が掃除しに来られた。池江璃花子さんの白血病が治るように毎日祈願して、退院したときは涙が出たそうだ。

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『大悲山の磨崖仏の一つである観音堂石仏は岩窟に彫りこまれた十一面千手観音坐像である。現在はほとんどが剥落欠損しているが、本来は像の高さ約5.5メートル、台座の高さ約2メートルの、日本最大級の平安時代の観音像である。頭上で化仏を捧げ持つ独特の印相は「清水型」と呼ばれ、千手観音の中でも珍しく、磨崖仏としては極めて稀少である。
 千手観音の両側壁面には、化仏坐像多数が薄肉彫りされている。これらは二重円光の光背と台座を伴っていて、観音菩薩の霊験が形になって現れたものとされる。
 観音堂石仏は、観音信仰に基づく、平安時代の磨崖仏の一つであり、東北地方の仏教美術史上重要な価値を有するものとして、昭和5年、国史跡に指定された。』

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観音堂石仏想像復元図(美術院国宝修理所作製)

 『頭上に十一面を戴き、千の手にそれぞれ目が備わっていることから、十一面千手千眼観音と呼ばれ、千の目と手で人々のどんな願いも見落とさず、すべての人を救うという観音の慈悲を表しています。

 ※千手観音は、通常は中央の合掌する手(合掌手)を除き40本の手が表され、1本の手につき二十五世界の衆生を救い、合わせて千とする場合が多いのですが、観音堂石仏では四十二手として二手を頭上に上げ、組んだ上に化仏をのせる「清水型」と呼ばれる特殊な形式です。

 化仏 ※菩薩が衆生を救うために霊験によって出現させた仏の化身』

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観音堂石仏(壁面上部)

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化仏(左)

彩色がよく残っている。

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化仏(右)

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南相馬市指定文化財 浪岩横穴古墳A群11号

 「浪岩横穴古墳A群は浪岩地区の山林中腹に、幅およそ54メートルにわたって横一列に並べて19基ほど構築された6~7世紀の横穴古墳群でこの内11号墳を町が指定している。
 11号墳は、正面奥壁に添って有縁の棺床が据えられ、玄室の右側壁には赤色下地に白色の円文が認められる。
 呪術的な表現と見られる円文は3個から6個づつ、二段あるいは三段にわたって描かれているのが識別できる。
 また、9号墳の玄室右側壁には線刻人物が、その他の墳墓にも各所に線刻が認められるが、古くから開口していたので後世の落書との区別が困難である。
 11号墳は、この地方における装飾古墳の特色をしめす貴重な例として価値の高いものである。 南相馬市教育委員会」

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どれが11号墳か分からない。斜面が急なので登れそうにない。

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小高駅まで歩く途中に定食屋を見つけた。マンホールを明るいうちに撮ってからにしよう。

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南相馬市小高区マンホール 大悲山大蛇物語

玉都が、小高川の橋で化身した竜に命を奪われたという場面

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Diner  Bonds

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カツカレー 1100円

昼ごはんのことは全く考えてなくて、お腹がすいた。昼食兼夕食にしよう。

常磐線 小高(16:14)→浪江(16:23)
代行バス 浪江(16:28)→富岡(16:58)
常磐線 富岡(17:04)→いわき→勝田→日暮里(21:40)

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2019年11月19日 (火)

駅からハイキング 荒川(福島市)

11月16日(土)

駅からハイキング「日本有数の清流・荒川を堪能しよう!」(歩行距離:約15km)が気になった。福島市の四季の里がスタート・ゴールで、荒川(阿武隈川水系の一級河川)の堰堤や あづま総合運動公園をめぐるコースだ。

福島駅東口→(路線バス・有料)→四季の里(スタート)→荒川資料室→地蔵原堰堤→旧土湯街道→荒川遊砂地大暗渠砂防堰堤→県営あづま総合運動公園いちょう並木→県営あづま球場→木陰広場→福島市民家園→荒井の奥入瀬→四季の里(ゴール)→(路線バス・有料)→福島駅東口

大正時代にできた地蔵原堰堤、大暗渠砂防堰堤(上部は人が通れる橋、下部は魚が行き来できる)を見たい。コースにはないが、江戸時代の霞堤という堤防も見たい。

週末パス 8880円
山手線 新宿→上野  京浜東北線 上野→東京
この日は、山手線の一部区間運休で、中央線快速ではなく、山手線上野行きに乗った。表示は池袋・上野方面になっていて、運休になってる駅も所要時間が表示されていた。池袋を過ぎると、ドア上の液晶ディスプレイがJRのロゴになった。上野行きが表示されなくて残念だった。

新幹線 東京(7:08)→福島(8:45)自由席3740円
福島交通路線バス 福島駅東口(9:30)→四季の里入口(10:00)670円

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四季の里 駅からハイキングの受付は管理事務所。ここから左へ100m、茶色の建物。数種類の地図とリーフレットを渡された。15キロの決められたコースはなく、地図を見ながら自由にウォーキングを・・・、ということらしい。

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過去2回とも初夏に訪れていて、家族連れでにぎわっていた。ほとんど人がいなく、閑散としている。屋内(工芸館)で地図や資料を見比べてから出発。

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花の丘

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荒井の奥入瀬

「洪水を防ぐために築かれた堤防や、自然林の間を、堰堀で巧みに誘水し穏やかな水を田畑に導いています。長年保たれてきた水防林の景観が見事です。」

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江戸時代の霞堤(かすみてい)

「荒川岸に残る霞堤は、江戸時代に築かれた堤防です。隙間を空けて断続的に構築することで、水勢を弱めて本流に戻す特殊な機能を持っています。」

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「霞堤」および「水防林」の役割イメージ図

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霞堤の境目

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荒川資料室

福島市の南部を東から西へ流れる阿武隈川水系荒川の歴史を紹介している。

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地蔵原堰堤(えんてい)(堤高:8.7m 堤長:74.4m 竣工:大正14年)

 「地蔵原堰堤は、荒川堰堤の中で最も古い土木施設で、歴史的価値のある土木遺産として認定され、荒川の歴史的治水砂防事業の記念碑的な施設です。
 地蔵原堰堤は荒川の治水・砂防事業の中核を成す施設であり、川の流れを固定し、流路の安定化を図り土砂災害から守るという非常に大切な役割を担っています。」

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数次の改築・増補を経て 昭和28年に現在の姿となっている。

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橋の隙間を水が流れていて、対岸に渡ることができる。

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旧土湯街道

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荒川大暗渠砂防堰堤

説明板がなかったから、通り過ぎてしまった。帰りにじっくり見よう。

熊注意の立て看板がところどころにある。下流ではA4サイズ程度だったのが、この辺になると工事現場にあるような1m超えの細長い金属製の看板が置かれている。

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荒川第5堰堤(堤高:12m 堤長:150m 竣工:昭和29年) 

「荒川第5堰堤は、荒川流域で最も堤長の長い施設で、荒川遊砂地の最上部に位置しています。
水通し天端部の下流側角石が、流水や土石流などによって簡単に抜けないように斜めに組まれているという全国的に見ても非常に珍しい特徴を有しています。」

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荒川第1堰堤(堤高:10m 堤長:57m 竣工:昭和12年)

「荒川第1堰堤は、荒川流域でもっとも古い砂防堰堤であり、下流面は端正な布積みとなっています。また、堤体上流面には、当時としては最先端の技術が導入された痕跡として、型枠コンクリートの板目が残されています。右岸袖部には、筆文字で書かれた銘板も見ることができます。」

この先は、草が茂っていて、どこが道なのかわからない。地図をよく見ると、「案内人が必要です。」と書いてあった。ここで引き返そう。

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荒川遊砂地大暗渠砂防堰堤

柵に鍵がかかっていたから、ここではないと思って通り過ぎてしまった。ここを渡るのを楽しみにしてたのに残念だ。

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全長:252m 竣工:平成19年

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「半円形の暗渠を9カ所設け、大洪水の時には土砂を一時的に貯め、平常時は自然な状態で川の流れを確保します。砂防ダムとしては全国有数の規模です。」

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地蔵原堰堤の橋を渡る。

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義民堂公園(義民太郎右衛門の霊堂)

1729(享保14)年、定免法(じょうめんほう)の施行、年貢の増強などの代官の圧政に苦しんだ農民を救済しようと、佐藤太郎右衛門は、福島藩に越訴(おつそ)をし、さらに江戸の目安箱に直訴したため、翌年佐原荒田口で獄門に処せられた。

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小富士橋から(あづま球場方面)

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水林自然林管理事務所
(奥に見えるのは、リスのエサ台)

「自然林公園の野外施設の管理棟として事務所、公衆トイレが有り、山野草や野鳥などの写真を展示しています。」

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霞堤と紅葉

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県営あづま総合運動公園いちょう並木

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あづま総合運動公園のキビタンマンホール(数種類の絵柄があった)

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とうほう・みんなのスタジアム(県営あづま陸上競技場)

歩数計を見たら、2万6千歩ほどだった。電池切れマークが点滅してるのに気づいて、電池を交換した。(ボタン電池と3cm位のドライバーを持ち歩いている)歩数データが一部保存されてなくて、2万2千歩ほどに減っていた。

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義民太郎右衛門終焉の地

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トリムの森

丸太で作られた25種類の遊具で、フィールドアスレチックを楽しむことができる。

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丸太わたり

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ぶらぶら橋

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旧奈良輪家(江戸時代中期)

福島市民家園(入園無料)

「敷地約110,000㎡の園内には、江戸時代中期から明治時代にかけての県北地方の民家を中心に、梁川村(現在の伊達市)の芝居小屋、福島市内の商人宿、料亭、板倉、会津地方の民家等を移築復原し、庭や畑と共に当時の環境を再現しています。
復原した建物の多くは国、県、市の文化財に指定されています。」

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元客自軒(もとかくじけん)(江戸時代後期)

『幕末から明治初期にかけての福島有数の割烹旅館であり、福島の歴史上重要な舞台になったことで知られる。慶応4年(1868)には、奥羽征討軍の下参謀、世良修蔵が仙台藩士に襲撃され「客自軒」に引立てられた後、阿武隈川畔で惨殺された事件があった。その後も明治11年(1878)福島町議員選挙の投票所としてこの建物が使用された。明治中期の所有者の変更に伴い河野広中によって「紅葉館」と改名され、のち下宿業に転じて使用された。解体前は中庭を囲んで4棟が存在していたが、創建された当初の「客自軒」の姿として、旧東棟・旧北棟の2棟を復原した。建築部材は全て細く、当時の町家造の手法に近い略式化した数寄屋造の手法が見られる。』

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旧小野家(明治6~7年推定、養蚕農家)
建物の隣に蚕のエサとなる桑の木が植えられている。

他に国指定重要文化財の旧広瀬座(明治20年)という芝居小屋がある。(逆光でよく映らなかった)

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トリムの森(木製コンビネーション)

霞堤をまたぐように遊具が設置されている。

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県営あづま球場

2020年東京オリンピックの野球、ソフトボール競技開催に向け、グラウンドの人工芝化、及び室内のトイレ、シャワー室などの改修工事を行っている。

ソフトボール 2020年7月22日・23日  野球 7月29日

四季の里に戻ったのが16時50分頃だった。バス停に向かう途中、バスが通り過ぎるのが見えた。時刻表を見ると、さっきのバスは16時53分発で、次は17時48分発か。暇なので散歩したら、ジェラート店がまだ開いていた。

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honey bee 本店

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ダブル 468円
(ハニービー、ホワイトチョコストロベリー)
人気ナンバーワンのハニービーは、はちみつをトッピングできる。

福島交通路線バス 四季の里入口(17:48)→福島駅東口(18:18)670円

駅ビル、エスパル福島に「honey bee」の店があった。さっき食べに行った店が本店ということを帰ってから知った。
らーめん粋家(すいか)エスパル福島店で粋家味噌らーめん(750円)を食べた。寒い季節は味噌ラーメンが食べたくなる。JR東日本の子会社NRE(日本レストランエンタプライズ)の飲食店。関東からは撤退して、仙台店と福島店のみ。支払いはSuicaで。

新幹線 福島(19:16)→東京(20:48)自由席3740円

歩数は3万8千歩ほど。電池交換でデータが一部消えたから、実際には4万歩を超えているだろう。

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2019年9月11日 (水)

東北本線旧線跡、まほろん、JR研修センター他

9月7日(土)

東北本線豊原駅から旧線跡を歩く。
黒川橋梁からの続き。

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S字カーブの緩やかな上りが続く。この辺の地名は馬落崖という。
蒸気機関車が通るには難儀しそう。

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白坂陣場踏切(下り線) 180K319M

現在の線路と交差する。

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陣場踏切(上り線) 180K432M

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いかにも鉄道跡っぽい感じがする。

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白坂踏切 181K822M

白坂駅すぐ近くの踏切。旧線跡ではないが寄ってみた。
手前が上り線(海側)、奥が下り線(山側)。
両線ともに白坂踏切181K822Mとあったが、非常ボタンには
白坂(海側)踏切、白坂(山側)踏切と表示されている。

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豊原駅方面(上り線)

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豊原駅方面(下り線)

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白坂駅(踏切の間から)

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白坂駅到着
12:51発の黒磯行きが来た。
国道294号を歩き、セブンイレブンでトイレ休憩&昼食購入。
前回、旧奥州街道を歩いたときもここで休憩した。


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まほろん 福島県文化財センター白河館(無料)

愛称の「まほろん」は、優れた良いところを意味する
「まほろば」とあこがれを満たす意味の「ロマン」を
重ね合わせた言葉で、「歴史へのあこがれを満たす
良いところ」を意味している。

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屋外展示

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縄文時代の家

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奈良時代の倉庫と家

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室町時代の舘

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JRバス関東白河支店

連節バス(全長18m)が4台停まっていた。

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JR東日本総合研修センターと新白河駅間の社員送迎バス

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JR東日本総合研修センター(非公開)

新入社員は原則全員、ここで研修を行う。
敷地のほぼ中央を南北に市道が貫通していて、
市道から実習用線路が見える。

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実習用線路

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南湖

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南湖神社にお参りした。

県道南湖公園線を進み、白河駅方面へ。

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国道294号沿いで拡幅工事が行われている。
曳家工事を始めて見た。

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陸羽街道架道橋のレンガ橋脚
6月に来たときは、両側とも残っていた。

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橋脚の北側だけが残っていた。

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南側はすでに撤去されていた。

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旧奥州街道で気になるところがあったので再訪した。
阿武隈川を過ぎたところに峠の切通しがある。
切通し入口の階段は民家用だと思ったが違った。

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階段を上るとお地蔵さまや石仏があった。
昔の奥州街道はここを通っていたんだ。

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倒木と蜘蛛の巣で先に進めない。
階段からの撮影だったが、確かめられてよかった。

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この崖を上れば旧街道に行けそうだが、無理しないでおこう。

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    ←会津街道        奥州街道→

せっかく来たので、奥州街道と会津街道の分岐(女石)まで歩いた。

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陸羽街道架道橋

南側を整備して通れるようになったら、
北側のレンガ橋脚も撤去するんだろう。

白河(17:35)→新白河→黒磯→宇都宮→大宮→新宿(21:59)

歩数は49406歩だった。(新宿駅と家の往復を含む)
旧奥州街道(芦野宿~白河宿)を歩いた時の51678歩には及ばなかった。

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